STORY

Think Small――小さなクルマと、シンプルなクルマ #01

伊東 和彦 2022.04.01

きっかけはダイハツ・コペン

日本の自動車歴史研究の第一人者、伊東和彦さんが、最近のクルマとの関わり方に関するコラムを定期的に寄せてくれることになった。

最近、小さなクルマと、シンプルなクルマにばかりに目が行くようになった。

まず、小さなクルマから打ち明け話をしてみたい。いま、いままでの自分には想像できなかったことだが、軽自動車、トヨタ・コペンGRスポーツの存在が頭から離れないでいる。街で見かけると、羨望の目で追い、ドライバーが年配なら思わず微笑む日々が続いている。コペンGRスポーツは、ダイハツ・コペンをベースにトヨタのGRがあれこれ手を入れたモデルだ。トヨタGRの店でもダイハツの店舗でも販売している。

カタログをもらいにショールームに行き(デジタル版ではどうも気分が高揚しない)、それとなく案内嬢に話を聞き、展示車に長く座って、シートや操作系を試してみたりもした。“仕事ではなく”新車が並ぶショールームに行ってカタログをもらうのは、何年ぶりだったのか思い出せないほど遙か過去のことだ。

切っ掛けとなったのは、幼なじみの友人が所有するダイハツ・コペン・セロに乗ったことだった。彼は、新車で入手した空冷911に長く親しみ、それを卒業してからしばらくして、オープンスポーツがほしくなってダイハツ・コペンを手に入れた。その乗り換え話を聞いたのは数年前のことだったが、「羨望の空冷911から、よりにもよって軽!とはなんという落差!!」と、呆れ驚いたことを覚えている。

コペンGRスポーツ。日本独自の自動車ジャンルである軽自動車だが、それゆえに独自の文化を繰り広げている。“ガラ軽”とも揶揄される。商用車や乗用車だけでなく、こんな小さなサイズのスポーツカーを造ろうと考え、求めるのは、間違いなく日本だけだ。リトラクタブル・ハードトップはなんと過剰な装備かと思ったら、とても便利だった。海外から来た友人は、登録の問題さえクリアできれば、“Kスポーツ”を是非とも買って帰りたいという。

彼とはしばらく連絡を取り合っていなかったが、お互いの近況報告がてら連絡したところ、モデラーの彼らしく自作のアルミ製メッシュグリルやメッキモールなど、凝ったドレスアップを施し、コペンがすっかり生活の一部になっていた。私たち“前期高齢者”にとっては、スポーツカーといえば、もちろんマニュアル・シフト車で、トップは常にオープンにしておかなければならない、そんな掟みたいなものが渦描くが、彼はそれを実践し、オープンカーは気分転換の良薬で、気分が爽快になるという。

神経質なクラシック911のクラッチ操作が体に深く染みついた友人の巧みなペダルワークで、早春の海岸線をドライブしていると、免許をとって間もないころ、友人たちの、だいぶ草臥れたトヨタ・スポーツ800やホンダS600、360cc時代の軽自動車でモータリングの楽しみを知った頃にフラッシュバックした。「ライトウエイトこそ私のモータリングライフの原点ではないか」と。

その後、何度か運転させてもらううちに、私は急速にコペンに惹かれていった。限られたパワーをギアシフトで使いこなすという、眠っていたライトウエイトスポーツカー乗りの作法が無意識に湧き出てくるのが面白かった。といっても近代の軽自動車は64馬力もあって、愛すべきヨタハチやエスより格段にパワーがあるから、その必要もないのだが……。

以前から街で、コペンやホンダS660に乗る中高年の姿が多いことには気付いていた私は、えもいわれぬ“ほのぼの感”を覚えていたが、こうして頻繁に乗せてもらうようになると、中高年からのスポーツカーライフのツールとして、軽のオープンモデルを入手する動機がわかるような気がしてきた。

たとえ、「リタイアしたのにスポーツカーなんて」と言われたとしても、「軽自動車だから……」と反論できるとか、「(派手な外国製スポーツカーより)周囲の目が気にならない……」などの理由があるのだろう。特に後者は、今回も如実に感じとることができた。

S660は本格的なスポーツマシンだ。2名で乗ったら、ジャケットさえ置く場所さえないが、4輪のスポーツバイクだと割り切ればすむが、なにかと荷物の多い私は涙を呑んだ。

もうひとつ言い忘れたが、中高年の都市生活者にとっては、クルマは小さいほうが、格段に取り回しが楽だ。加えて、いつもはひとり、せいぜい誰か乗せてもふたりの生活パターンなら、リアに荷室があるコペンは活発で楽しいシティーコミューターになりうることがわかった。

話が横道に逸れるが、フィアット500やそのアバルト版に乗るベテランたちも、小さくて洒落た足クルマを望んでのことだろう。現状で私がコペンを買ったなら、普段足に使っているステーションワゴンが出動する機会は激減することは間違いない。

と、ここまで書いて結局オマエはどうしたのか?となるのだが、いつもの悪いクセが出て、ノーマルのダイハツ・コペンとGR版を比較する表を作るなど、詳しく考え始めてしまい、おまけに新車だけでなく中古車の情報を集めているうちに、自分の心のなかに沸き上がったマグマが少しだけ冷めて、“次期購入検対象車”になった。やはり先輩諸氏が言われていたように、スポーツカーは衝動買いするものなのだろう。

MGミジェット1500の広告から。ミジェットの広告は一貫して、スポーツカーのある姿をイメージしていた。安全規制、排ガス規制に存亡を左右されながら生き残った最後のモデルが1500だ。

MGミジェットをガレージに迎える

こうしているうちに、ひょんなことから、知人の車庫に眠っているMGミジェット1500がやってくることになった。クルマに乗り始めてからずっと気になっていた英国製ライトウエイトスポーツカーの代表格であり、仲間内にゴロゴロしていたが、一度も所有しないまま私のガソリン車ライフを終えるわけにはいかないと考えたからだ。これはシンプルなクルマのジャンルに入るだろう。サイズだって現在の軽とそう変わらない。

私より年長のエンスージアストが手を入れたスペシャルなので、オリジナルにこだわらず自分流に、なるべくDIYで仕上げてみることにした。前述したコペンの彼もスプリジェットやスピットファイアに憧れた世代なので、完成したら、ときどき乗りくらべて楽しもうとの約束もできた。その様子は、おりをみてこのページで紹介してみたいと考えている。

次回も「Small」と「Simple」ついて記してみたくなった。

1960〜70年代のMGミジェットの雑誌広告。オーナーの85%が男性というコピーを際だたせる絵柄だろう。

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