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イタリア郵便の華やかな「オリジナル切手&消印」の世界:大矢麻里&アキオの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #12

大矢 アキオ 2023.10.18

ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

民間のアニヴァーサリーも記念切手に

イタリアでも郵便事業は合理化が進められている。筆者が住むシエナでも、毎日配達だったものが週2〜3回に減便されて久しい。にもかかわらず、クリスマス間近に予想だにしなかった請求書が書留で届いたりする。そのたびジャコモ・プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』で、イヴの日に家賃の取り立てをする家主のシーンを思い出して苦笑している。

イタリア郵便は2015年に民営化を果たしている。経済財務省がいまだ29.26%(2023年)の株式を保有しているのだが、近年は日本でいうところの新電力・ガス会社にも進出している。郵便料金を調べるべく公式ウェブサイトを開けると、そちらのプロモーションのほうが先に表示されるくらいだ。

本業である郵便の料金は、値上げが常態化している。日本への手紙は、たとえ船便のハガキでも2.45ユーロ(約380円)だ。より紛失リスクが少ない航空便にすると4.65ユーロ(約730円)に跳ね上がる。円安の影響もあるとはいえ、私的なものはおろか、仕事上でも郵送は可能な限り敬遠するようになった。

値上げとともに嘆かわしいのは切手である。かつてはさまざまな人物の肖像が描かれたりしていたのだが、民営化以降は単純な図案のものが多くなった。唯一の進歩は、すぐ剥がれてしまう糊ではなくステッカー式になったことくらいだ。

同時に、少額のものを除き、金額が印字されていない切手が主流となった。数字のかわりに「A」「B」といったアルファベットが表示されている。料金改定のたびにAを◯ユーロ分、Bを△ユーロ分と紐付けし直す。これにより、印刷コストを削減しているのである。

筆者が住むシエナの中央郵便局は、1912年の完成。写真では小さくてわかりにくいが、瀟洒な天井画には電話機を持つ人も描かれている。各部に配されたイエローのCIは、デザイナーのミケーレ・デ・ルッキの監修による。
イタリア郵政民営化と同年である2015年の切手。ステッカー式になったものの、図版から優雅さは消え失せた。

ただし、2010年代に入ってから面白い図柄が登場するようになったのも事実だ。何かといえば、「一般企業の記念年にちなんだ切手」である。

ここに紹介するものだけでも、2016年のパスタ会社「デ・チェッコ」の130年、2017年のフィアット“ヌオーヴァ”500の誕生60年、2018年の日刊紙「アヴェニーレ」の創刊50年がある。ちなみに、フィアットのものは100万枚が印刷された。

印刷しているのは一般の切手同様、イタリア経済財務省傘下にある国家印刷・造幣局である。ちなみに、この機関も2002年に株式会社化されている。東京では2023年10月、JR神田駅の駅名標に、近隣の製薬会社名が加わって話題となった。イタリア郵便の一般企業記念切手は、それに匹敵するアイディアで、話題づくりという点で、クライアント、イタリア郵便ともにウィン・ウィンだ。参考までにイタリアには第二次大戦前から、切手と同じ体裁・サイズの広告が印刷された切手シートも存在した。商売上手は伝統だったのである。

パスタのブランド「デ・チェッコ」創業130年記念切手。2016年。
フィアット“ヌオーヴァ”500誕生60周年。背後には現行500のシルエットが描かれている。2017年。(photo:Stellantis)
ローマの日刊紙「アヴェニーレ」の創刊50年(上)。2018年。

消印も作れる!

記念といえば、イタリア郵便は消印も民間にも開放している。たとえば、フィアット500切手発行の際は、それを記念した消印も管轄であるトリノの郵便局によって作られた。

記念消印を押すフィアットのチーフ・マーケティングオフィサー、オリヴィエ・フランソワ(当時:右)。イタリア郵便、国家印刷・造幣局関係者とともに。(photo:Stellantis)
“フィアット500切手”に押された記念消印。ハガキにはヴァリューを増すと思われる「発行初日」の文字も。(photo:Stellantis)

オリジナル消印実現のチャンスがあるのは、大企業だけではない。2007年のこと。フィアット公認のクラブ「アウトビアンキ保存会」の会長が筆者に、「次のイベントにおける最大の話題は消印だ」と教えてくれたときは、耳を疑った。しかし当日会場を訪れてみると、クラブスタンドの片隅で、本当に消印を押した切手付きはがきを販売していた。聞けば、消印はアウトビアンキ史上初の乗用車「ビアンキーナ」の誕生50周年を記念したものだった。押されたものを見ると、車両のシルエットとともに、イタリアで郵便・電報業務を示す「PT」の文字がしっかりと刻印されている。

イタリア郵便の資料には、臨時の消印が製作可能であることが明記されている。そして用途として記念年、コンベンション、文化行事などが挙げられている。使用できるのは、イベントの開催期間のみと定められている。

別の民間ウェブサイトでは、おおまかな作成・使用料金も参照できた。それは2018年改定時のもので、最低400ユーロ(約6万2千円)+付加価値税と記されている。これには、イタリア郵便の職員2名が1日あたり最大6時間会場で対応する手数料が含まれている。休日の場合は500ユーロ(約7万8千円)+税〜となるという。

かくも消印の実現は、けっして安くない。だが新電力会社ビジネスに傾倒するいっぽうで、郵趣ファンが歓喜するサービスを継続しているのは、古い顧客を大切にするイタリアらしいといえまいか。

2007年「アウトビアンキ保存会」が実現した記念消印。参考までに切手は、ミラノ・トリエンナーレ美術館コレクション(チシタリア202クーペ)をモティーフにしたもので、2003年の発行。
アウトビアンキ保存会の記念消印付き切手シート販売コーナーにて。2007年トリノ・リンゴットで撮影。

Photo by Mari OYA, Akio Lorenzo OYA, Stellantis

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