STORY

はじめて明かす、スクラッチ・モデルを創るということ ― Start from scratch(ゼロからスタートする):Start from Scratch #16

クリエイションにある「思い」と「手法」

高梨廣孝 2024.02.27

Start from scratch(ゼロからスタートする)

これまで15回に亘って、実際に制作したバイクのスクラッチ・モデルを紹介してきた。読者の皆さまも、スクラッチ・モデルという聞き慣れない言葉の語源が“Start from scratch”であることを理解して頂いた時点で、「制作する」という行為について私見を述べてみたい。その後で、スクラッチ・モデルの具体的な技法について紹介する。

スクラッチ・モデルを制作することは、「ゼロ」からの始まりだ。何故なら、「このモデルを制作したい」と決めたなら、資料を自分で集めて図面を作成し、材料を調達して、いよいよモデルの制作に取り掛かる。プラモデルのような既成のモデルは、この大変な作業をメーカーのエンジニアが行い、プラスチックの射出成型によって造形まで行ってくれる。購入者が行うのは組み立てや塗装などのフィニッシュワークである。

第1号作品。 ― YAMAHA YA-1。

スクラッチ・モデルを制作する魅力

苦労をしてもスクラッチ・モデルにチャレンジする魅力は、何と言っても自分が作りたいものを作ることができることである。博物館やコレクターしか所有しえない貴重なものであっても、資料さえ入手できれば作ることができる。また、素材はプラスチックに限らず、金属、木材、皮革などの素材を選べるので、限りなく実車に近い魅力的なものに仕上げることができる。ミニチュアは、手のひらに乗る極小の世界であり、筆者であれば「機械式腕時計のような精密なミニチュア」を目指すなど、独自の世界を求める楽しさがある。

実車を見ずにカタログ資料から制作したミラノカスタムバイクメーカー ― South Garage のOpera。Harley-Davidson Sportsterのエンジンを搭載。

使う素材が広がれば、取得する技術も広がる

筆者は、東京藝術大学で金属工芸鍛金を専攻した。金槌や当て金を使った絞り加工、糸鋸による金属の切削加工、金属のロウ付け加工、旋盤やフライス盤による機械加工などは、工芸作家を目指して習得をしてきた。金属を素材とした加工技術はひと通り可能である。

しかし、木材や皮革を使ったモノづくりになると、新たな加工技術にチャレンジしなければならない。昨今格段の進歩を遂げている3Dプリンターを使うとなれば、データづくりの技術を学ばなければならない。このようにスクラッチ・モデルの制作に当たって、新たな技術や素材を持ち込むことによって、独創的な世界を構築することができる。過去の蓄積と、今の技術を用いて、誰にも成し得なかった新たな世界を構築できることこそ、スクラッチ・モデルの醍醐味である。

失敗こそ、独創的な世界を生み出す糸口

ものごとが順調に進んでいる時は、人は新たなことを考えないものである。失敗すると、あれこれ考えを巡らして新たな道を考察し、今まで思いも寄らなかった着想に到達する。失敗することは、チャレンジしたことの証であり、チャレンジ無くしてクリエイティブなものは生まれない。順調に進んでいる時こそ思考が停止している時であり、喜ぶべき状態ではないかも知れない。

最も制作が難しいバイクと思っていたバイクをようやく完成させる。― Indian Chief。

技術は「言葉」で覚えるものではなく、「体」で覚えるもの

言葉で学んだことは、すぐ忘れてしまう。しかし体に覚えこませた技術は、身に着けるまでには時間がかかるが、一度覚えこんだものは忘れることが無い。

これを別の言葉で言えば「修練」と言うのかも知れない。例えば、糸鋸で金属を切削する時、弓に張った細い鋸を垂直に上下させる。言葉で言えば簡単であるが、垂直に上下させるのは意外と難しい。垂直でなく少しでも傾いていると余計な負担がかかって、高価な糸鋸の刃はすぐ折れてしまうし、切り口が直角ではなくなる。この作業を身に着けるには、手の動きが垂直になるように、何度、何度も繰り返して、体に覚え込ませる必要がある。

人は同じことを何度も失敗する。失敗するうちに脳にそのことが刷り込まれて、無意識のうちに正しい行動をとるようになる。こうした状態になって、私は初めてその作業についてのノウハウが身に付いたと思っている。

ホンダレーシングの先駆けとなった ― CR 110。
60年代のグランプリレースで常勝を誇ったスズキの名車 ― RK67、50cc水冷、12段変速を搭載する精密極まりないものであった。

時間が不可能を可能にする

手間のかかる作業やどうやって制作したらよいか考え込んでしまう局面がある。挫折してしまうのではないかと心配する。しかし、心配は無用。手間のかかる作業も細かく分解すれば膨大な単純作業の積み重ねである。新たな制作方法だとしても、時間をかけて試行錯誤を繰り返せば、必ず解答は見つかる。焦らず、慌てず、地道な努力を重ねれば時間が解決してくれるものである。

個人的にはイギリスのヴィンテージバイクが好きだ。シンプルで格調が高い。― NORTON MANX 500。

クリエイティブな発想で余人が到達できない世界を目指す

モノづくりの目標は、素晴らしい出来栄えの完成品であることに異論はないが、私が求めているのは、そこに到達するための独自の手法を考え出すことにある。1台制作するのに6年もかかったモデルがある。2度失敗して、3度目で何とか目指すモノが出来上がった。その間、試行錯誤の連続であり、そのプロセスから得たノウハウは、その後の制作に大いに役立った。

完成までに6年も費やした。フレームが無いという珍しいバイクで、制作誤差が許されない。 ― Vincent Black Shadow。

クリエイティブな仕事をする人が、求めているのは別の言葉で言えば「よりよいidentityの確立」である。ひと目見ればその人(そのメーカー)が制作したものだと理解でき、誰にもマネのできない独自の境地に達していること。その境地を目指して努力する。

精密機械の再現にチャレンジした。エンジンの塊のようなマッチョなアメリカン。― YAMAHA V-MAX。

「ゼロ」からの出発

2019年に銀座・和光ギャラリーで開催した展覧会では「ゼロからの出発 ― 1/9の小宇宙」とサブタイトルした書籍を刊行した。30年間にわたって作り続けた作品を連ねた書籍に付したこのタイトルは、モノづくりに対する私の気持ちを込めている。それを後ろから支えてくれたのは、日本の伝統的な「金属工芸の鍛金技術」であり、世界の頂点を目指して切磋琢磨したエンジニアの情熱である。資料集めにのめり込むと、実車の開発に携わったエンジニア、デザイナーの熱い思いがひしひしと感じられ、ミニチュアながらも忠実に再現しようと取り組んだ。

巨大なガソリンタンクに隠れたエンジンを見たくて、ホンダコレクションホール所有のバイクをばらしてもらい、タンクを外して実車を観察する。英国の威信をかけて製作されたこのバイクの生産台数は僅か4台。 ―AJS PORCUPINE E-95。

私は、前述にあるように、金属工芸作家を目指して東京藝術大学で技法、造形を学んできた。在学の頃は「デザインは舶来もの」といった感覚で捉えられていた。それは、私の中で憧れになって、デザインの道を選んだ。「舶来」への憧れであり、「創造したい」との思いでデザインへの道を歩んだ。しかし、金属工芸作家を志していたことが、ずっと心の奥底に、わだかまりとなって「いつか、学んだ鍛金技術を活かして、自らの手で造形物を創作したい」との思いがあった。スクラッチ・モデルの世界に飛び込んだ最大の動機がそこにあった。

東京藝術大学3年次の作品。一枚の銅板から「動物」を作る課題だった。粘土で原型をつくり、鋳造の「ブロンズ像」と異なり、その原型を見ながら銅板を叩き、絞りによって立体造形に創り上げて行く。習得した技法が、スクラッチ・モデルに活かされている。

今回は、作品づくりの姿勢について述べたが、次回は、具体的な手法について綴りたい。私が考えた具体的な手法がどんなものか伝えられることを願っている。

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