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まさしく「手の延長」。日本の伝統的技法で制作されるスクラッチ・モデルに欠かせない道具たち ― Start from scratch(ゼロからスタートする):#17

クリエイションにある愛用品の数々。

高梨廣孝 2024.05.02

手の延長に道具がある

最も多用する道具は、金槌、糸鋸、ヤスリ、である。道具との対話を楽しみ、その持てる能力を引き出すために、手に馴染んだものを使い込んでいる。道具選び、メンテナンスには、特に注意を払っているのは言うまでもない。

制作では、量や時間を費やすことを問わず、質のみを追求している。使い慣れた手道具からのものづくりは、実に自分の目的に合っている。

一度に制作する数は通常は1台、並行していても2台である。じっくりと時間をかける。道具たちと、手を通しての対話をしながらだ。だから、スイッチをポンと入れたら加工をしてくれる機械には全く興味が無く、むしろ自分の楽しみを奪い去るものとして避けている。NC工作機械などで、簡単に制作をしていると、モノづくりを真剣に考えなくなるので、自分独自の世界が創れなくなる。

急がず、焦らず、モノが形になるのを静かに見守りながら制作するのが理想である。

主に使う道具たちを紹介していこう。

金槌

大まかに3種類の金槌であるが、その目的によって使い分けている。) 制作で最も活躍するのは金槌である。

使う金属によって金槌の材質や焼き入れ温度に注意を払わなければならないが、筆者のように銅、真鍮、洋白などの銅合金を使うのであれば、柔らかい金属なのでそれほど神経を使う必要はない。
使う金槌は3タイプ。金属を絞ったり、均したりする「絞り槌」。造形物の裏側から突き出すための「芋槌」。鏨(たがね)を使ったり、かしめたりする彫金用の「おたふく」。それぞれ大きさや鏡(金槌の叩く面)の形状が異なるものが必要になるので、合計すると10本位になる。

金槌はバランスの道具である。平板を絞り込んで造形するには、何百回、何千回と叩き込んで立体へと創り上げて行く。柄の長さ、断面形状が自分の手に合わなければ疲れるし、仕事がはかどらない。鍛金用の金槌は、軟鋼の地鉄の両端に、鋼を鍛接し焼き入れしたものであり、丸鉄棒をちょん切って、柄が差し込まれた安物とは全く違う。

金槌の柄は、自分の体形に合ったものを造形し、自分ですげるのが基本である。ゴルフクラブや野球のバットと何ら変わりはない。柄をすげるにはクサビを用いないのが基本であり、そのために金槌に開けられた柄を差し込む穴は極めて重要であり、ダレのない正確な穴が開けられている。絞っている時に金槌のヘッドが飛んでしまっては、大変危険である。

金槌で叩く面のことを「鏡」という。無傷で滑らかに輝く「鏡面」状態でなければ「彫鍛金」に用いることはできない。思えば「鏡」と称するのは、使い手へ、「道具を手入れしなさい)との戒めかもしれない。

槌のメンテナンスで大切なのは、鏡の状態である。その名の通りに鏡面のように、常に傷が無く光り輝いていなければならず、傷や錆があれば打った表面にその傷が刻印されて美しい面には仕上がらない。

「絞り加工」によって成形したフェンダー。金槌の「鏡」の状態が、そのまま作品へ影響する。曇りなき「鏡面」を持つ金槌によって、一枚の銅板が形を変えて、そして輝く。

0.5mmの銅板から造形したフェンダーは、こうした金槌から叩き出して造形する。「絞り加工」とは、金型によるプレス加工のような成形を金槌と当て金を使ってハンドメイドで造形する日本の伝統工芸である。

鎚で叩くことにより、実は金属を圧縮している。つまり金属を絞り込んで成形しているのである。銅板を成形し、表面を滑らかに叩き上げるには、鏡のような滑らかな鎚ではなくてはならない。

糸鋸

切り出しに欠かせない糸鋸。直線、曲線を描くように切ることができるのは、糸鋸ならでは。

糸鋸の刃は、その言葉通り髪の毛のように細い。

5番、4番、3番、2番、1番、0番、2/0番、3/0番、4/0番、5/0番、6/0番、7/0番、8/0番(番号が大きくなる程太く、0番~8/0番ほど細く、刃も細かくなる)という順番になっている。標準とされる0番の太さは0.32mm、一番細い8/0番は0.15mmである。

どう使い分けるかと言うと、板厚が0.5mm以下のものや、細かく曲がる曲線を切る場合には、4/0番以下の細いものを使わないと、板が振動してうまく切れない。無理をすれば刃がすぐに折れてしまう。糸鋸をうまく使うコツは、常に垂直に上下動して引いて使い、決して力を入れて押すような切り方をしてはいけない。

最も細い「8/0番」の糸鋸の刃。0.15mmで、髪の毛と同じくらいの太さと想像して欲しい。垂直に引き、力で切る意識だけは避けたい。

殆どの金属を切ることが可能であるが、ステンレスのような硬い金属を切った後は、切れ味が落ちるのは仕方がない。糸鋸の刃は、メーカーによって鋼の材質や焼き入れ温度が異なるので、自分の技量や目的に合ったものを選ぶのがよい。焼き入れ温度が高く硬度の高い刃は、よく切れるが折れやすいので初心者には向かないものだ。

糸鋸の刃が折れてしまう理由は、自分の経験では二つある。一つは直線を切っている時は良いのであるが、曲線や直角に曲がって切る段階に入った時に上下動の動きが足りないことだ。もう一つは急ぐことである。こんな繊細な道具を使うときは、優しくいたわりながら使うのが鉄則であり、サクサク切れるのでつい調子に乗って急いではいけない。

細い糸鋸は、ロゴを切り抜くこともできる。「Indian」の流れるようなロゴマークも、糸鋸を使い、カリグラフィのように切り抜いて表すこともできる。

筆記体を切り出すこともできるのが、糸鋸の特筆すべき点だ。エッチングで描く方法もあるが、古き佳きモデルでは、より雰囲気を醸し出すために少し厚めの板を切り抜いてボリウムを出す。糸鋸があってこそできるものだ。

筆者は糸鋸で切り取った後の切り屑は、大切に取っておく。スクラッチ・モデルで使う部品は非常に細かいので、切り屑で十分間に合うことが多い。

切り屑も、貴重な素材だ。この程度であれば、まだまだゴミではなく十分部品作成ができる大きさだ。

ヤスリ

ヤスリも、様々に用途に応じて用意している。キレのある造形を施すには、鋭い刃物のようによく切れるヤスリが必要だ。

ヤスリは自分では研ぐことができない刃物である。鋼の質が良く、丁寧に刃を切ったヤスリでなければ切れ味は期待できない。ヤスリの断面形状は、丸、半丸、楕円、角、三角、平などいろいろな種類があり、目的に合わせて選ぶことができる。細かいところを仕上げるにはしのぎ袴腰、富士山ささ刃、はら丸、刀刃カミソリなど特殊なものがあり、直径0.8mmの極細の丸ヤスリもある。

また、目の荒さは荒削り用から仕上げ用の細かいもの(油目と呼ぶ)まで何段階か揃っている。最終仕上げに使う油目は削り屑が目に詰まりやすく、丹念に取っておかないと滑って切れ味は大きく落ちてしまうので、専用のブラシを使ってこまめに掃除することが肝要である。

ヤスリの目詰まりを取るには、専用の金属ブラシが必要である。

彫鍛金用のヤスリの中で品質が安定していて切れ味が良いのは、スイスの時計職人に愛用されているブランドvallorbe(swiss)である。また、一本のヤスリで荒削りから仕上げまでできるNICHOLSON(U.S.A.)のMAGICUTがあれば便利で、納得の出来栄えとなる。

スイス時計の職人が使用しているvallorbe。機械式時計と同様に、細かい部品の造形、または仮組みの段階においては、微調整にと、キレ味良さから重用している。

今回は、スクラッチ・モデルの制作に使う手道具を紹介してきた。「彫鍛金」という伝統的工芸技法で用いる道具たちだ。伝統的工芸品と聞けば刀剣や器物などを思い浮かべることと思う。その技法が、可能性に満ちていることは、これまでの作品をご覧になって、ご理解いただけるものと考えている。

モーターサイクルという現代の工業製品を、工芸品で培われた伝統ある技法によって再現しているのが、筆者のスクラッチ・モデルなのだ。

次回は、紹介した道具たちが活躍する技法について語っていきたいと思う。

道具たちを駆使して制作した部品。心ゆくまで、道具たちとの対話を楽しみながら、形となっていく。伝統的技法で、モーターサイクルという現代を再現する背景には、昔ながらの手道具たちが存在しているのだ。

<つづく>

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