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大矢麻里&アキオの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #01

「高速SAで飲めない!」から誕生したコーヒー菓子

大矢 麻里 フェレッロ・ポケットコーヒー 2022.09.03

ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

汗だくでも熱々にかぎる

イタリアにおけるコーヒーの代名詞といえばエスプレッソ。コーヒーパウダーを蒸気圧で瞬時に抽出することから、急速を意味するespressoと名付けられたものだが、人々の飲みっぷりも、これまたかなり急速だ。バールのカウンターで熱々のカップを差し出されたら、瞬時に砂糖をドバドバと入れてグイッと一気に飲み干す。その間、たとえ仲間と一緒であっても、だらだらとおしゃべりはしない。最も美味しい状態で味わえるのと同時に、注いでくれたバリスタへの礼儀でもある。あるお客が入店してから店を出るまでをこっそり計測してみたら、3分も要さなかった。F1のピットストップを思わせる早業なのだ。

バリスタが無駄のない華麗な手捌きで淹れた一杯は、瞬時に味わいたい

コーヒー消費に関する、ある調査によれば、イタリア人の80%がコーヒーを常飲しており、1人あたりの年間消費量(豆または粉)は6kgにのぼる。飲むタイミングに関しては、「朝食時」が2人に1人、「夕食後」に味わう人も同じく2人に1人、また5人に2人は仕事の合間にも楽しんでいる。

日本にも熱烈なコーヒー党はいるが、私が日伊の違いを最も感じるのは、ずばり夏だ。イタリアでアイスコーヒーは全くもってポピュラーではないのだ。カフェ・シェケラート(エスプレッソ+ガムシロップ+氷をシェイカーで混ぜたもの)というイタリア版アイスコーヒーは存在するが、洒落たカフェなどで外国人が気取って飲む類のものである。

ようやく2018年、ミラノにイタリア第1号店を開店したスターバックスなどでは冷たいコーヒーがみられるようになったものの、伝統的なバールで提供されることはまずない。少なくとも私の周囲のイタリア人が好んでオーダーするのを見たことがない。たとえダクダクに汗をかく真夏でも、迷うことなく熱々のエスプレッソを選ぶのがイタリア人なのである。

「量少なすぎじゃない?」ぐらいがイタリア流

食べるエスプレッソコーヒー?

そのような彼らが、ドライブ中に飲みたくても近くにバールが無かったり、渋滞に遭遇したりした場合を想定して、日頃からポケットに忍ばせているものがある。その名は「ポケットコーヒー Pocket Coffee」。コーヒーリキュール入りのチョコレートだ。

私がそれを初めて口にしたのは、イタリアに暮らして間もない頃だった。当時住んでいたアパートの隣はバールだった。朝、洗濯物を干していると、我が家の前を通る近所のおじいちゃんが「一緒にエスプレッソ飲みにいくかい?」とたびたび声をかけてくれた。

お誘いを遠慮したある日、おじいちゃんは「代わりにどうぞ」と小さな箱を差し出した。それがこのポケットコーヒーだった。食べてみると、トロッとした液体が口の中いっぱいに広がった。菓子によくあるコーヒーの香り付けというよりも、まさに砂糖を加えたエスプレッソをそのまま口にしたような味わい。試しに皿の上で半分に切ってみると、あっという間に液体が流れ出す。一口で食べてないと、中身がこぼれ出てしまう。

フェレッロ社の「ポケットコーヒー」は5個入りで2〜3ユーロ(日本円で270〜410円)。10・18・32個入りも

後日調べてみると、製造元はイタリアを代表する菓子メーカー「フェレッロ」だった。「ブラジル、コスタリカ、サントドミンゴ、そしてコロンビア産の最高品質アラビカ種を厳選。作ったコーヒーを独自にブレンドして注入しています」との説明が。1粒に込められたコーヒー量は、普通のエスプレッソの1/3杯に相当する。どおりで濃厚なわけだ。

さらに驚いたのは、ポケットコーヒーは半世紀以上も前から売られている商品だったことである。誕生のきっかけは、創業者ミケーレ・フェレッロの右腕であったウィリアム・サリチェという人物だった。イタリアでは1947年に初めて高速サービスエリア食堂が誕生したが、1960年代末になっても、そのあるべき姿を模索中だった。実際、レストランはあっても、トラックドライバーなどが気軽に立ち寄れるバールがなかった。それに気づいたサリチェは、重労働に追われる人々のエネルギー補給になる商品の開発に着手。その成果として1968年に売り出したのがポケットコーヒーだったのだ。

フェレッロのプロダクトといえば日本で、金色の紙に包まれたヘーゼルナッツ風味のボール型チョコレート「ロシェ」が長年有名である。いっぽうポケットコーヒーは輸入されていなかったため、私は一時帰国のたび土産にして、友人から大変喜ばれた。

ところがある年のこと。東京に到着しスーツケースからポケットコーヒーを取り出してみると、外箱の隅から、ドロっとした液体が漏れてしまっているではないか。春の暖かさの影響で、外側のチョコレートが溶けてしまったのだった。

後で知ったのだが、イタリアでポケットコーヒーが店頭に並ぶのは10月から5月頃まで。夏期は販売されていない。メーカーは、16℃以上になると風味が損なわれたり、変質したりする場合があるためと説明している。夏場にポケットコーヒーの“禁断症状”が出た私が、あちこち探しても売っていなかったのには理由があったのだ。以来私は八百屋の店先にポルチーニ茸が並ぶのと同様、スーパーにポケットコーヒーが陳列されることで、秋の到来を感じるようになった。

2015年には、ブルーを基調としたパッケージの「カフェインレス」が登場した

食べられなければ、飲む!

ところがある年、夏にもかかわらずスーパーのレジ脇にポケットコーヒーが置かれているではないか。いつから夏でも売るようになったのか? だが見慣れたパッケージとはどこか違う。よく見ると、チョコレートの端にストローを突っ込んでいる写真が・・・。「ポケットコーヒー エスプレッソ To GO」。新バージョンの“飲むポケットコーヒー”だった。「夏でも手軽に楽しめる」との解説がある。
ただしチョコレートを口に放り込むのと異なり、ドライブ中に味わうのは難易度が高い。ストローを刺す手を滑らせでもしたら、液体を膝にぶちまけてしまいそうである。

「ポケットコーヒー エスプレッソ To GO」のパッケージにはSUMMER EDITIONの文字が。バールやタバコ屋のレジの脇にも置かれている。価格は2.5〜3ユーロ(日本円で340〜410円)

アイスコーヒーが恋しかったこともあり購入した私は、すぐに口にしたい気持ちを抑え、せっかくなので冷蔵庫で冷やすことにした。慎重にストローを刺して勢いよく吸うと、オリジナルのチョコレート版同様の、甘くて濃厚なエスプレッソ風味が。「よくぞ夏バージョンで帰ってきてくれた!」と思わず声をかけてしまいたくなった。

ただし容量は21.6ml(大さじ約1杯半)と少量なので、一気に飲み干してしまう。ひとつで物足りない私は、隣で見ていた夫の静止を振り切って、あと1つ、もう1つと蜜を吸う蜂のごとくストローを刺し続けた。

このエスプレッソ To GO、売っているバールの店主によれば、狩猟や魚釣りのお供としても人気があるという。イタリアのいいおじさんがチューチュー吸っている姿を想像すると、なんとも愛らしい。同時にこの商品を通じ、家でコーヒーを冷やして飲むおいしさを知る人が増えれば、いつかイタリアでアイスコーヒーがポピュラーになる日が到来するかもしれない。

付属の短いストローを差し込んでいただく

そのポケットコーヒー・シリーズに2022年夏、さらなる新商品が加わった。名前は「ポケットコーヒー・ジェラート」。コーヒー味のアイスクリームをミルクチョコレートでコーティングしたものである。「イタリア人よ。いったいどこまでエスプレッソ好きなのよ!」と突っ込みを入れつつ、即座に買い物カゴに入れている私は、彼ら以上にポケットコーヒー依存症なのかもしれない。

新発売の「ポケットコーヒー・ジェラート」は4本入りで4ユーロ(約540円)。スーパーマーケットでのみ販売されている

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