STORY

自らの脚で、160kmを駆け抜けるということ:ULTRA-TRAIL Mt.FUJI 2023 参戦記 #2

佐々木 希 ULTRA-TRAIL Mt.FUJI 2023.12.30

「トレイルランニング」とは、岩場や泥濘地を含む登山道を中心に、さまざまな路面で構成される山岳コースを走りながら自然と触れ合うスポーツで、コロナ禍の時代を経て急速に競技者人口を増やしている。参加者同士がタイムを競うレースでは、昼夜を分かたずフルマラソン以上の距離を走り抜ける大会も珍しくない。

なかでもトップクラスのカテゴリーとして位置づけられるのが100マイル=160kmを一気に走るレースで、ここ日本でもいくつかの大会が開催されており、最も重要な大会として位置づけられるのが「ULTRA-TRAIL Mt.FUJI」だ。

優勝者でも20時間を切れるかどうかというこのレースの制限時間は最大で45時間。その100マイル・カテゴリーで初参戦・初完走を果たした佐々木 希選手が大きな目標をクリアするまでのストーリー。

第2章では大会出場が決まった前年11月から始めたコースの試走や、この大会専用に組まれたトレーニング・プログラムへの参加の模様について詳しく紹介する。

2022年11月29日、エントリーした「ULTRA-TRAIL MT.FUJI 2023」に当選した。開催される2023年4月21日まで5ヶ月。どうしたら、それまでに100マイルを走れるようになるのだろう?

100マイルを完走した経験のある友人にアドバイスを求めた。

「120km以降が100マイルの『本番』と多くの人が言うように、そこから先は少し違うチャレンジになる。主に睡魔、胃腸系(吐くか下すか)、そこからのハンガーノック(エネルギー切れ)や脱水、浮腫から生じる下肢の痛み……などのトラブルが起き出す。参加者それぞれ体質は違うし、天気によっても問題点が変わるのがややこしいところ。体幹がしっかりしていなかったり、走り方のバランスが悪かったりすると左右差からのトラブルも起きる。トラブルは起きるものと思って如何に対応する準備をするかと、メンタル面を含めレースへの準備をできるかだ」

TDTと称される、160kmを24時間かけて走るイベントを真似て内々でやろうと誘われた。10時に羽田の旧穴守稲荷の大鳥居をスタート。多摩川沿いのロード(舗装路)を約60km遡り、青梅からトレイル(登山道)20kmを経て、高水山常福院で折り返すというもの。舗装路の長距離走はその後のダメージが大きいことを考慮して、青梅までの計画で参加したものの、30kmから足に痛みが。53kmの福生でドロップアウト。
(左)本番のコースをいくつかに区切って走る試走は全部で6回。いくつか走っておきたい場所を選んだ。東京から山梨は日帰りできる距離なのでこれだけ走りに行けたのは良かった。ただ真冬とあって、雪のため計画どおりには行かないことも多々あった。(右)地味な練習が嫌だと2年拒んできた峠走にもついにデビュー。辛いけど、それぞれ黙々と自分のペースで坂道をとにかく走り続ける。「一人だけどみんなと」、「みんなとだけど一人」、その感覚が足を前に前に進ませた。食わず嫌いだっだことが判明。

2日も寝ずに走り続けるうちに、自身の体調に何が起きるかなんて全く想像もつかない......が、とにかくアドバイスに従い、予測しうるトラブルに対しての対策を練ること、完走する強い意志を持ち続けるにはそれ相応の走力を身につけること、完走をサポートするアイテムを揃え入念なレース計画を立てること、を目標にした。

(上)100マイルの中間あたり、紅葉台近辺を試走。足和田山から天子山地をのぞむ。あんな遠くから当日走って来るの? クレイジー!(左)とにかく本番まで時間がない。雨だろうがやるしかない。ここは三湖台と呼ばれるビュースポット。晴れていたら目の前は富士山に樹海、湖ととてもよい景色が広がるはず。(右)コースで一番きつい箇所が140km走ってから現れる。「ラスボス」杓子山への登りだ。

全8回の完走サポートプログラムに参加

当選後すぐ、「THE NORTH FACE(TNF) ULTRA RUNNING CLUB」の「A Program For Completing The UTMF」、つまりこのレースを40時間以上で完走を目指す人をサポートするプログラムが開かれるのを知った。全8回、座学では装備や基本動作、フィールドではパフォーマンスアップトレーニング、筋力トレーニング、トレイル実践等が学べる。

目標はとにかく完走すること。なるべく早くゴールできた方が身体的に負担がかからないが、40時間はまず切れないだろう。このコンセプトはまさに自分にピッタリ。これに参加する人は、それでもきっと自分より強い人達ばかりなのだろう。ついていけるか不安もあったが、とにかく強くならなければと、思い切って申し込んだ。講座は1月下旬から。これで吸収できることは何でも取り込もう。

それ以外にネットやYouTubeでコース内容を調べ上げ、100マイルを走る装備品、補給食の計算、などの勉強を重ねた。苦手なロードのロング練習、峠走も取り入れ、コースの試走を計画して実行した。

(上)3月といえ山梨は寒い。標高1598mの杓子山の山頂は雪が降っていた。あと一ヶ月半後に必ずここまで来るぞと念を込めて鐘を鳴らした。(左)120kmから先のコースは容赦ないアップダウンの連続。試走しながら不安で仕方がない。(右)石割山から二重曲エイドへは急下り、本番ではこの頃はもう走れる元気もないのだろう。

2週に一度は山梨のコースを試走

試走には6回行った。雪で試走できない日も出てくると思われたので、行ける日はなるべく山梨へ、と計画した。100マイルの全パートはこなせないので主に山岳パートを中心に、走って体感しておいた方がいいところをピックアップした。

まず12月17日、コース後半のきつい山岳パート、石割山近辺を17.6km、累積標高1214m。
12月29日、コース前半の天子山地、28.2km、累積標高1736m。
1月8日、最終エイドを出てゴールまでの山岳パート、22.9km、累積標高1824m。
2月18日、コース中盤山岳パート、22.1km、累積標高1186m。
3月5日、コースの大ボス的な120km地点を過ぎてからのきつい山岳パート、36.2km、累積標高2291m。
3月25日、コースの一部をアレンジして冷たい雨の中のロードもミックス、41km、累積標高1575m。

しめて総距離168km、累積標高9826m。偶然にも距離は本番とほぼ同じ。6回に分けてもまあまあな強度なのに、これを40時間走り続けるなんて本当にできるのか、と思わずにはいられなかった。

(左)12月に初めて行った試走は序盤の難所、天子山地。30km近くロードを走ってからガッツリと登る。景色は最高だったが本番ここは夜間パートだ。(右)冷たい雨の中の試走。あまりの寒さに途中で炊事用のゴム手袋を買う。本番は4月下旬、かなり暖かくはなっているはずだが、雪で途中で中止になった年もある。体感していろんなシュミレーションをしておかねば。

目標走行距離は「月間300km」!

TNFのプログラムは参加者顔合わせと装備や基本動作などの座学、ULTRA-TRAIL MT.FUJIの概要説明から始まる。メンバーは14人、全員がレースに出られるだけのITRAポイントを持っているので皆経験値が高い。質問の内容もレベルが高いし、飛び交う会話はどれもためになる。申し込んで良かった。

ちゃんぷ。さん、こと並木雄一郎コーチからは、3月までは週合計50〜70km、うち週末には長距離走の練習を入れ、4月に入ってから本番まではパフォーマンス維持、テーパリング期間に充てること。走る量は減らし、怪我もしないように、との指示を受けた。

なので前年はロードとトレイルを合わせて月間250〜270kmを目標にしていたが、300kmまで引き上げることにした。月に300kmも走るには、時間を作るだけでも大変なことだし、身体の負担も大きい。痛みが出たり、怪我をしたりとトラブルも起きる。ストレッチや体幹トレーニングをあわせて実施し、整骨院で電気や鍼治療もコンスタントに行い、コンディションを整えながら過ごした。

THE NORTH FACE ULTRA RUNNING CLUB FUJI完走プログラムに参加。実地練習は埼玉県・奥武蔵で。足の神様、子の権現で本番の無事完走を祈る。私を支えてくれたコーチ・メンバー達。

完走プログラムには皇居周辺での基礎練習と、山での実践練習が組み合わせられていた。

2月、初めての実践練習は長時間行動トレーニングと夜間走対策。走りながら栄養を採る行動食の補給タイミングや、トレイルランニングに必要な山道を走るためのスキル、ライトを付けての夜間走行の方法を教わった。

ライトは店頭で見比べるよりも、実際に山の中で点灯させて路面や遠方等を見ると、それぞれの特徴が非常にわかりやすい。メーカーや機種によって、持続時間、明るさ、重さ、色味(霧が出ると乱反射して見えづらくなるので黄色いフィルムを貼ったり、霧でも見えやすい色に変えられるもの)、充電の方法、頭に装着するか胸や腰につけるかなど様々なバリエーションがあり、ライト一つ選ぶのもかなり大変だ。しかし、レースに40時間かかるということは二晩を越すことになるのだから、自分に合うものを選ぶことが欠かせない。経験豊富なメンバーから情報をもらえたり実物を試させてもらったことは、とても参考になった。

ほかにもトレイルランニングに必要なアイテムやギアはたくさんある。プログラムに参加した2ヶ月半の間に、靴やウェア、行動食等、価値のあるさまざまな情報を得ることができた。

(上)平地での練習会はパフォーマンスアップ、筋力アップトレーニングを中心に行う。(左)長時間行動トレーニング。メンバーみんな速いので終始緊張感を持って走る。(右)夜間走対策のため夜間の練習も。ライト装備の選び方もそうだが、走り方にも工夫が必要だ。

冷たい雨の中の練習も、貴重な経験

2回目の実践練習はトレイルとロードトレーニング。トレイルランニング大会、といっても当然ロードも走ることもある。大会によっては「トレイル率80%」「ロード率20%」などと説明されているものもある。

この大会はロード率の明記はないが比較的ロード率高め、と言われている。160kmのコースは山岳パートの間をロードで繋いであり、ロードコース上にエイドが設けられている。ロードとトレイルのミックスの練習もとてもいい経験になった。

最後の実践練習は3月、今まで学んだことの再確認。この日は朝から冷たい雨が降った。私は普段なら、ある程度の雨が降っていたら山には行かないので、雨の中の練習はとても貴重。本番はどんな天気になるかは分からないのだ。

雨の中のトレイルも、霧がかかっていたり景色はなかなか素敵なのだが、その中を走るとなると晴れの日より難易度は増す。足元は滑りやすく、フードをかぶれば視界が狭く、ザックの上からレインウェアを羽織ると補給もつい怠る、転べば手も体も泥だらけになる。本番ではそれらに対してどう対処するか、想像を膨らませながら練習に臨んだ。

(上)最後の実践トレーニングは雨の中。本番の天候は選べないのでこういう練習も必要だ。雨の場合のギアの対策など色々考えることが多い。(左)40時間走り続けるのにテーピングも必須アイテムだ。怪我予防、再発防止等のために関節を補強する。貼り方もメーカーも色々あるので色々試して、本番どう貼るか決めていく。(右)4月5日、全8回講座受講終了。レースまでいよいよ3週間をきった。TNF FLIGHT TOKYOのショーウィンドウの言葉がぐっと背中を押してくれる。やり切るぞ!

講座の中ではテーピング指導もしてもらった。テーピングをする目的は故障部位の悪化予防、怪我予防、パフォーマンスアップなど。運動に支障のない範囲で関節や筋肉の動きを制限することで、部位の機能をサポートする。

私がテーピングをし始めたのは4戦目のレース。その頃は貼り方もろくに分からず、頼んで貼ってもらったりしていたが、整骨院や友人から教わったりしてテーピングの効果を実感してきた。

メーカーも様々、伸縮具合や肌に合う合わない、部位や用途に合わせてプレカットしてあるものなど選択肢が多い。貼り方もたくさんあるから、正しく貼る勉強も必要だ。

本番まで3週間を切った4月5日、最後の講座が終了。2ヶ月半の間に8回顔を合わせ、同じ目標のために頑張ってきた仲間との絆も強くなった。TNFがサポートする大会なので、TNF FLIGHT TOKYOにはULTRA-TRAIL MT.FUJIの限定アイテムが並び、完走者に与えられるフィニッシャーズベストも飾られていて気持ちが高揚する。ショーウィンドウの言葉が胸に刺さる。

講座の中でコーチが言ってくれた一言がレース前もレース中も心の支えになった。

「諦めなければ完走できる」

諦めないことなら私にもできそうだ……レース中、これがそう簡単でないことを思い知ったが。

<つづく>

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