STORY

グッドウッド・リバイバルとプラモデルを巡る物語 #01

イギリス経由、プラモデル行き。グッドウッド・リバイバルがくれた極上のパスポート

からぱた グッドウッド・リバイバル 2022.05.13

壮大なるモータースポーツ界の演劇

この連載は“未組み立てプラモ写真家”、からぱた氏による模型談義である。模型を楽しむためなら、この人はどこへでも行ってしまう。

もはや本当に自分が体験したことなのかどうか怪しくなるくらい、とびきりの3日間があった。2017年の9月、ヒースロー空港の傍らに建つホテルのラウンジで飲んだギネスは日本で飲むそれと全く違う味で、ツマミに頼んだフィッシュ・アンド・チップスは恐るべき硬さの衣に包まれていた。強引にフォークでつつくと、中の白身が四散して唖然とする。ビネガーの味しかしないフィッシュフライを咀嚼しながら「ああ、本当にイギリスに来たんだ!」と不思議な感動が自分を襲った。

photo: からぱた 卓上調味料でお好みの味にせよ、というのが英国のフィッシュ・アンド・チップスなのだ。

チチェスターの街まで100kmの道のりをジャガーで移動しても、夜明け前からの豪雨は止むことがなく、サーキットに建てられたプレスセンターのテントはビタビタとうるさい雨滴の音で満たされていた。ひしめくメディアの男たちはみなハンチングを被り、ずぶ濡れのレインコートを着たまま狭いテーブルで朝食を摂る。外からはレースに参加しているマシンのバラバラというエンジン音が響いていて、テーブルの上に各々が広げたラップトップや無造作に置かれたデジタルカメラだけが21世紀の現実世界であることを思い出させる手がかりだ。

photo: からぱた プレスセンターは簡易的なテントの中。熱々の紅茶やコーヒーはもちろん、ビュッフェ形式の食事も供されている。

グッドウッド・リバイバルは、いわば壮大な演劇である。イングランド南部にあるグッドウッド・モーターサーキットを舞台にして、1000人近いスタッフと10万人以上の来場者が3日間に渡って古き良き時代のモータースポーツを讃えるのだ。ヒストリックカーがただそこにあるだけでなく、ピットクルーも古風なファッションに身を包み、朝から夕暮れまで全力でレースを繰り広げる。フードトラックも遊園地も、ダンスホールも、電話ボックスも床屋も、全部が1960年代以前にタイムスリップしたかのように徹底的に往時のもので揃えられている。もちろん常設ではなく、この3日間の夢のようなフェスティバルのために。

来場者にはセレブリティやモータースポーツ界のレジェンドももちろん含まれるが、このお祭りに参加するべくチケットを手に入れた一般人もひしめく。参加するクルマと同様、ドレスコードは1960年代までに流行した「正装だと思える格好」だ。男性ならツイードのジャケットにハンチングが圧倒的多数だが、なかにはロカビリー風やミリタリールックを正装と解釈する人たちも混じっている。女性は老若を問わずドレスやスーツスタイルで着飾り、そこに「年甲斐」みたいなつまらない言葉へ遠慮する態度は微塵もない。皆が言外に定められたルールのなかで着たいもの着る。 

photo: からぱた コースコンディションは天候に合わせて目まぐるしく変動するが、貴重なマシンたちも全開走行でガチンコレースを繰り広げる。

祭りの全体像を把握するのは容易ではない。2本の滑走路(そう、ここはもともと軍の飛行場だったのだ)をぐるりと囲むサーキットがあり、その内外に無数のアトラクションが用意される。雨上がりのサーキットをそぞろ歩きながら彼らの姿を見るうちに、自分の中途半端なコスプレがだんだん恥ずかしくなってくる。「街」のはずれの床屋に入って、オールドスクールなイギリス風のいい男にしてくれと頼むと、古びたバリカンと大きなカミソリでテキパキとフェードに仕上げてくれた。近くの帽子屋でハンチングを手に入れ、それを被ったところでようやく自分も参加者として堂々と歩けるようになった。

photo: からぱた 会期中にだけ出現するさまざまな店も往時の雰囲気。バーバーには行列ができ、多くの人がレースの合間に散髪をしていた。

正直なところ、私はクラシックカーに造詣が深いわけではない。言ってしまえばプラモデルを趣味とする人間であり、そのジャンルも雑食と言って差し支えない。つまるところ、グッドウッド・リバイバルを眺める視点は極めて模型的なスコープを通したものだったし、帰国して作るプラモデルの多くはまるで写真の印画紙と同じように、思い出を焼き付けるための手段に変わった。

ようやくレースの話、クルマの話が読めると思った読者にとっては少し肩透かしかもしれないが、グッドウッド・リバイバルにおけるレースやクルマそのものを語るメディアはゴマンとある。だからこそ、ここでは私なりに感じたグッドウッド・リバイバルのモノやコトについて、あくまで模型趣味を持つものとしての受け止め方を書いてみようと思う。そして同時に、あの祝祭の日々を体感した人間として、その後の模型人生にどんな影響があったのかも綴ることができるはずだ。

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