STORY

Start from Scratch #01

スクラッチモデルの魅力

高梨 廣孝 2022.06.28

スクラッチモデルとは、何か。

スクラッチモデル作家の高梨廣孝さんによる、創作ストーリーの連載が始まります。実車、文献から図面を起こし、部品を自作して、組み上げ創られる作品は、一見すべき「芸術品」です。実車や創作の技法について、作家自身が綴っていきます。

プラモデルやキャストモデルのような既存のモデルキットを購入してつくるのではなく、一から自作の部品で組み上げたモデルを「スクラッチモデル」と呼ぶ。この言葉は“start from scratch(ゼロから始める)”という慣用語に由来する。

BROUGH Superior SS100。この作品は、7月に開催される『オートモビル・アート連盟第9回作品展』へ出展されます。
DUCATI cucciolo。

金属工芸から、独創的な技法を編み出す

大学で金属工芸を学び、将来は工芸作家を夢見ていたのにデザインの世界に憧れて、プロダクトデザインの道に入ってしまった。しかし、デザインの仕事が軌道に乗ってくると、金槌やバーナーを握りしめて金属加工をしていた学生時代が無性に恋しくなってきた。

学生時代に体得した技術を使って、何か新しい世界を創造できないかと模索していた時に、ジェラルド・A・ウィングローブの著書『The Complete Car Modeller(New Cavendish Books)』に出会ったのである。たかが模型の世界と軽んじていたスクラッチモデルの世界が、とてつもなく奥深い創造の世界であることに大きな衝撃を受けた。その本の中で著者は、名車を手のひらに乗るようなミニチュアサイズで忠実に再現するために、独創的な技法を数々考案して開陳していた。

モノづくりの世界は、創造性が命であり、その人にしかできないノウハウを会得し、作品を一目見れば、作家を想像するような境地にまで創り上げなければならない。

金属工芸の技術を生かして制作するアイテムとしては、最初にクルマが頭に浮かんだが、スクラッチモデルの世界で、最もモデラーの多いのがクルマである。そこで思いついたのが、モーターサイクルだった。メカニズムが露出していて、精巧な金属加工技術を存分に見せるには格好のアイテムであり、何よりもモデラーが少ない未知の世界であることが大きな魅力であった。

作品が増えてきた近年では、メカニズムが露出していたり、造形やそれを成り立たせるフレームワークが美しいクルマへも、創作意欲が向いている。

リアリティを求めての技法

私が学生時代に学んだ金属工芸は、彫鍛金の世界である。板材を高熱でなまして、金槌と当て金を使って立体物を造形したり、銅合金や銀材を糸鋸で切り抜いてロウ付けをし、繊細なアクセサリーを創る技術である。

実際にモデルの創作に取り掛かってみると、バイクのエンジンはすべて鋳造によってつくられていることに直面した。複雑で入り組んだ形状をしているエンジンブロックを彫鍛金の技術でつくるには、金属のブロックを切り刻んで、限りない回数ロウ付け作業を繰り返して再現することになる。

バイクのモデルを1/9で創作すると空冷のエンジンフィンの厚みはおよそ0.3mmとなる。こんな精密な鋳造品を巣や欠損が無く創作するには相当高度な鋳造技術と設備が必要となる。幸いなことに、彫鍛金で創作するには0.3mmの板材を糸鋸で切り抜けばよいのであって、難しい技術ではない。

エンジンブロック①:ヤマハSR400。
エンジンブロック②:スズキRK67。

機械式腕時計のように、精密でキレのある作品を目指していたので、この技法はピッタリであることが分かった。思い通りの造形をするのに鋳金は一切せず、全て切削と鍛金で行う決心がついた瞬間である。

独創性をカタチにする道具たち

Morgan 3Wheelersの創作において。ボデイを造形する木型とならし槌、多用する工具たち。伝統工芸の「彫鍛金」で使われる道具を愛用している。
ヤマハSR400のスポークとタイヤ。長年の課題であったタイヤの造形は、3Dプリンタという最新技術を駆使することで、精密で満足する仕上げができるようになった。

創作で最も多用する道具は、金槌、糸鋸、ヤスリといったハンドメイドの工具である。一番活躍する金槌は、使用目的によって三つの種類を必要とする。板材を絞ったり、平らにならしたりする“ならし槌”、内側から金属の板を叩いて打ち出す“いも槌”、タガネを打ったりリベット留めをしたりする“おたふく槌”が代表的な金槌である。

糸鋸は金属の種類を問わず、自在にカットできる便利な道具である。使用する刃は、細かいものから粗いものまのまでいろいろなサイズが市販されており、金属の板厚によって使い分けている。ヤスリは、ゴリゴリと表面を削る道具であると軽く考えてはいけない。刃物の一種であり、形を整える最終的な道具であるから性能によって大きく出来栄えを左右するので、スイスの時計職人が使うような高品質のものを揃えるべきである。

無垢のジュラルミン棒からホイールを製作するには小型の旋盤が必要で、金属ブロックを思うような形に削り出すにはフライス盤があると便利である。ここで忘れてはならないのは、アルミ合金や真鍮などの合金は、組成によって切削性が異なるので、快削性の素材を選ぶことが肝要である。

長年、タイヤの創作が大きな課題であったが、3Dプリンターの出現によって、原型の制作が可能になった。

モデル創作において独創性を発揮するには、独自の技法を編み出さないと実現できない。勿論、職人のように技術的な技に習熟しなければできないことも多いが、それに頼るよりも論理的にこうすればできるという方法を考え出すことに、私は大きな価値を見出している。それこそがモデル創作の真のクリエイティビティであり、喜びであると考えている。

質感を求めて

1台あたりに創作する部品の点数はおよそ7~800点にものぼる。

これらの部品は、精密ビスによって仮組して全体を調整するとともに、不具合な部品は再度作り直す作業を行う。そして、部品が正確に創作されたことを確認した後バラして、メッキや塗装を施し、シートの皮張りなどを行う。メッキは、部品のサイズが小さく廃液処理が難しいので、ジュエリーのメッキを専門にしている業者に依頼している。

エンジンを搭載して組み上げ中のMorgan 3Wheelers。

連載にあたって

日本においては、スクラッチモデルの歴史は浅く、「大人のホビー」程度に見られているので評価はそれほど高いものではない。

しかし、実際に創作して見ると日本の伝統工芸の技と最新の工作技術が大いに生かされる分野であることに気付く。江戸時代に頂点を極めた「刀の拵え」「根付」の技術は、日本が世界に誇るミニュチュア創作技術であり、これらの工芸技術を研究して習得し、スクラッチモデルの世界に生かせたなら新たな工芸の道が拓かれるのではないかと思っている。

スクラッチモデルの奥深さと創造性に魅力を発見して、この世界にチャレンジする人が、一人でも多く現れることを願っている。

筆者と完成したSR400。photo : Terutaka Hoashi

PHOTO GALLERY

PICKUP