「節約=ポジティブ」をデザインで伝える イタリア生協のPB:大矢麻里&アキオの毎日がファンタスティカ!イタリアの街角から#29
大矢 麻里 Mari OYA/イタリア在住コラムニスト 2025.11.07イタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。
スペゾッティという新ブランド
近年、イタリアでは食料品や日用品の価格が上昇し、多くの家庭がその影響を実感している。
イタリア国家統計局(ISTAT)の発表によれば、2025年9月時点における食品・日用品のインフレ率は前年同月比で+2.3ポイント。これは全体のインフレ率(+0.9ポイント)を大きく上回っている。消費者の意識は自然と「節約」や「コストパフォーマンスの高さ」へと向かいつつある。
そうした中で注目されているのが、イタリア生活協同組合(コープイタリア)が2023年に立ち上げた新プライベートブランド(PB)だ。その名を『スペゾッティ』という。
スペゾッティは食品から日用品まで、約300品目・75カテゴリーにわたって展開されており、同組合の既存PBと比べて、20〜40%ほど価格が抑えられている。Spesottiとは、イタリア語で消費・出費を意味するspeseに、少し・控えめなというニュアンスの語尾を加えた造語である。
ここで日本とイタリアの生活共同組合の違いについて簡潔に触れておこう。日本では会員制を基本とし、組合員が出資して利用するスタイルが根づいている。イタリア版も本来は協同組合であり、組合員制度は存在するものの、限りなく一般のスーパーマーケットと変わらない形態で展開されており、非組合員でもより気軽に利用できる。2024年のデータによると、コープイタリアの店舗数は約1100店にのぼり、大手小売業者における市場シェアでは第3位を占めていると記せば、その規模がおわかりいただけるだろうか
多様性を表現したキャラクター
スペゾッティに話を戻そう。注目されている理由は、価格の安さだけではない。ユニークでカラフルなパッケージデザインにもある。
一般的に節約志向の商品は価格を強調するあまり、極度に簡素なパッケージデザインの傾向がある。ヨーロッパ各地のスーパーでも、1ユーロ硬貨を大きくあしらっただけの、無機質で味気ないデザインが散見される。対してスペゾッティは、ビビッドな色使いと書体で、安価なブランドにありがちな「地味さ」や「チープさ」を感じさせない。
さらに特筆すべきは、パッケージに描かれた23種類ものキャラクターだ。ファミリー、学生、祖父母と孫、ビジネスパーソン、LGBTQ+のカップル、スポーツファンなど、多様な年齢層やライフスタイルを反映した人物が、それぞれの商品に合わせて個性豊かに描かれている。
たとえば、豆乳には健康志向の男性、コーヒー豆には出勤前のサラリーマン、ジェラートには甘党と思われるおじいちゃんが描かれていたりする。そこに描かれた日常のワンシーンは、消費者の共感を誘い、親しみやすさが演出されている。対象の商品を連想させる絵も簡潔ながらも描かれているので、直感的に中身が分かる。
キャラクターとデザインの親近感、そして同じPBシリーズとしての認識性の高さが、店頭で思わず手に取りたくなる要因となっている。
プロジェクトを手がけたのは、ミラノを拠点とするブランディング・エージェンシー「ブレイク・デザイン(Break Design)」だ。カンパリ、ラヴァッツァ、フェレロなど、名だたる食品ブランドとコラボレーションの実績を持つ。
スペゾッティの開発では、コンセプト設計からネーミング、ヴィジュアル・アイデンティティの構築、パッケージへの実装まで約2年をかけた。デザインに際しては「節約=ネガティブ」という固定観念を打ち破り、倹約生活を“軽やかで前向きなもの”として視覚表現することを目指したという。
デザインの力で、日常を前向きに
スペゾッティ・シリーズは、家計を支える新しい選択肢としてコープイタリアの顧客に支持され始めている。それは低価格であっても、明確なブランド戦略と丁寧なデザインで付加価値を与え、差別化を図れることを示している。同時にパッケージは単なる包装ではなく、消費者との最初の接点となる重要な要素であるということを私たちに再認識させる。
折りしも2025年10月27日、外国為替市場では一時1ユーロが178円台となり、1999年の欧州統一通貨導入以降、円は最安値となった。円の価値が下がり続けるなか、我が家も家計のやりくりにこれまで以上の工夫が求められるようになった。
それでも、キッチンの棚に並ぶスペゾッティのキャラクターたちを見ると、「節約は後ろ向きではない。日々ポジティブに生きるための小さな工夫ですよ」と彼らに言われているような気になる。イタリア暮らしは早29年目。なんとか長靴半島にしがみついて持ち堪えますぞ!
大矢 麻里/Mari OYA
イタリア在住コラムニスト。東京で幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からシエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』など連載多数。NHK第1『マイあさ!』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)などがある。