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誰でも、毎日でも走らせられるハーレー

田中 誠司 ハーレーダビッドソン・ナイトスター 2022.05.17

フレンドリーな弟分

ハーレーダビッドソン・ナイトスターは、かつての「883」に代わる、スポーツスター・ファミリーのエントリー・モデルである。

ナイトスターという名のハーレーは、2000年代の終わりにもスポーツスターの派生モデルとして登場したことがある。この時と同様、低いシート高と、ブラックアウトされたパーツに身を固めていることを特徴とする。非常に低くコンパクトに見えるシルエットだ。

昨年デビューさせた新しい水冷DOHCエンジン「Revolution Max」を元に、排気量を975ccに抑えた新しいVツイン「975T」を搭載している。エンジンをフレームの一部として使う構造は既出の水冷エンジン搭載車と同様で、エンジンとフロントフォークを結ぶ部分のフロントフレームは「スポーツスターS」と共通だが、リアサスペンションはツインダンパーに変更されている。

左右2本のリアダンパーがスポーツスターSとは異なる特徴。

シート下の、スポーツスターSでは1本のリアダンパーが内蔵されていた部分には、燃料タンクが設けられた。そのかわりピーナツ型のケースはエアクリーナー・ボックスとされ、ほとんど重量はない。重い燃料を下の方に配置することで、車体重心を低くする試みだ。

たっぷりしたクッションのシートは、丸みを帯びた座面を持ち、このため着座位置はほぼ自動的に固定される。ハンドルは短く、グリップの位置は遠目、ステップの位置もミッドマウント・フット・コントロールと呼ばれる後方の位置にあるので、ハーレーとしては前傾の強いライディング・ポジションとなる。ハンドルバーが若干後方へ伸び、ステップを前方に置いたフォワード・フット・コントロールとなるスポーツスターSとは対照的なライディング・ポジションだ。

photo: ハーレーダビッドソン ジャパン ライディング・ポジションは前傾気味だ。

もっと回してほしい

スポーツスターSを初めて走らせたときにも、サイドスタンドを外して引き起こすときの軽さに驚いた記憶が鮮明だが、11kg軽く、より重心の低いナイトスターでは、さらに取り回しが楽だと感じられる。

右手のスターターにより目覚める水冷エンジンは、抑制を効かせた中にもVツインでしか得られない鼓動を伝えてくる。ハンドルやシートに伝わってくる振動は、パン アメリカやスポーツスターSよりさらに穏やかだ。

ハーレーダビッドソンとしては小さな975ccという排気量だが、ボトムエンドトルクは実用的に十分以上であり、1300rpm前後のアイドリングからゆっくりクラッチレバーをリリースすれば、そのまま素直に走り出す力を備えている。スロットルのレスポンスは、レイン、ロード、スポーツの3種から選べ、いずれを選択したとしてもスロットルに対する反応はとても従順である。適度な振動を伴いながら、速やかに車速を高めていく。

排気量1252ccのスポーツスターSは、恐れを抱かせるような野太いトルクを低速から放ち、振動もより生々しく、足を前方に投げ出すような乗車姿勢だから、特殊な乗り物を走らせている印象を明確に受けるのだが、このナイトスターは、エンジンのレスポンスといいライディングポジションといい、クセのないとっつきやすさが特徴である。

絶対的なスペックは最高出力89HP、最大トルク95Nm、許容回転数が7500回転であり、公道での日常的なライドでも持て余さない水準ながら、実際に高回転域まで鞭を入れてみると、もっともっと回してほしいとエンジンが訴えかけてくるように思える。空冷時代のハーレーにはないこうした特性は、97×66mmというショートストロークの構成からも影響を受けているのだろう。

ハーレーということを一瞬忘れる

軽く、コンパクトなハーレーのスポーツスターはダートトラックのレースにも用いられてきた。このナイトスターもその血筋を引き、クイックに走らせてこそ持ち味を発揮するタイプのように思われる。

ツインショックのサスペンションシステム、ファットなリアタイヤ、厚めのシートクッションの組み合わせからもたらされるタウンスピードでの乗り心地はとても快適だ。前述した通り、特殊なエンジン搭載方法にもかかわらず振動は抑えられているし、ベルトドライブならではのノイズの少なさと、穏やかな蹴り出しの組み合わせで、都心のストップアンドゴーでも快適に過ごすことができた。細めのタイヤがもたらすハンドリングもニュートラルで扱いやすい。

photo: ハーレーダビッドソン ジャパン

自分がハーレーダビッドソンを走らせていることを、一瞬忘れて別のことを考えてしまいそうになる。そんな時、隣に並びかけたデリバリー・バイクの男性から声を掛けられた。

「すごくかっこいいですね!」まるで0.5秒で恋に落ち、興奮したような素振りだ。

彼が見ず知らずのぼくに声を掛けてきたのはきっと、ナイトスターが一瞬で刺さるようなスタイリッシュさを身に付けているばかりではなく、どこかフレンドリーなところを持ち合わせているからだと思う。

ハーレーダビッドソンに新しいファミリーが加わったことを嬉しく感じる一瞬だった。

photo: ハーレーダビッドソン ジャパン スポーツスターS(右)と並んだナイトスター。フロントタイヤのサイズ、シート高、ハンドル高、ステップ位置など意識して差別化が図られているのがわかる。貫禄はだいぶ違う。

悩ましい選択肢

誰でも、毎日でも走らせられるハーレーとして、ナイトスターはとても魅力的な存在なのだが、個人的にはその登場で、むしろスポーツスターSの尖った魅力が浮き彫りになったような気もしている。

ナイトスターに比べれば乗り心地はハードだし、ライディング・ポジションは特殊、ファットなタイヤのため意識してきっかけを与えなければ曲がりにくい。しかし最大トルクは3割増しの125Nm、クルーズ・コントロールとトラクション・コントロールが標準装備されるにもかかわらず、価格差は6万円弱に過ぎないからだ。

V型2気筒エンジンという土台に、サスペンションやタイヤ、ライディング・ポジション、フェアリングなどの要素をモデルに応じて組み合わせ、個性を創出してきたハーレーダビッドソンの巧みさは、水冷エンジンの時代になっても不変なのだろう。

photo: ハーレーダビッドソン ジャパン

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