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ピニンファリーナの証明写真機:大矢麻里&アキオの毎日がファンタスティカ!イタリアの街角から#30

大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA/在イタリア・ジャーナリスト Pininfarina 2025.12.12

イタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

斜に構えて、はいポーズ

イタリアに住み始めた1990年代中頃のことである。当初は学生だったため、滞在許可証は3ヵ月ごとに更新する必要があった。その都度、地元警察署の前で、あるときは寒風吹きすさむなか、またあるときは炎天下で申請の順番を待った。

そうしたとき、他の外国人が携えてきている書類を脇から眺めていて、ふと気がついたことがあった。それは「証明写真のポーズ」である。日本では写真上部と頭頂部の余白まで◯cm、頭頂部から顎まで◯cmといったふうに、細かい規定があるものだ。対して、イタリアの警察で受理されている写真を見ていると、細かい余白ルールが無いどころか、日本ほど完璧な正面撮影でなくても可であることがわかった。

ちなみに、イタリアの官公庁の大半の窓口では、写真は丁寧に扱われないのにも驚いた。担当の警察官や職員は、他の申請書類と一緒に、ステープラーで一気に束ねる。自分の頭頂部に針がガチャーンと突き刺さるのは、写真とはいえ気分が良くないものだった。

その程度の扱いをされるのなら、こっちにも考えがある、ということで外国人の卒業写真にあるような、斜に構えたポーズで撮ろうと思いついた。最初は写真屋さんの店内にある撮影ブースで、と考えたが意外に値段が高い。それに外国人が東洋人を撮影すると、なぜかこちらが良いと思うシャッターチャンスで撮ってくれないことを知っていた。それは東京モーターショー時代、海外の自動車雑誌がリポートした日本のコンパニオンたちの写真を見ればわかる。「なぜ、こんな表情のとき撮るんだよ」というカットが少なくないのである。

そこで、イタリアの証明写真機で撮影してみることにした。カーテンを閉め、ブースの中で何度もNGボタンを押して撮り直した。後日、日本の自動車運転免許をイタリアのそれに切り替え手続きをしたときは、さらに気合が入った。なにしろこちらでは50歳まで10年間更新が不要なのだ(参考までに以後70歳までは5年ごと、80歳までは3年ごと、それを超えると2年ごとになる)。

筆者がイタリアで最初に取得した運転免許証。1997年。気合が入った写真は、古臭い鋲で留められていた。

随所に新機軸

時は変わって近年イタリアのショッピングモールで、スタイリッシュな証明写真機を見かけるようになった。先日あらためて観察すると、驚いたことに自動車愛好家にはおなじみのPininfarinaのサインが記されているではないか。

この証明写真機、ローマを本拠とするデデム社によるものだ。1962年の創業で自社の機器を国内3600拠点以上に展開している、業界の代表的企業である。

(上)ピニンファリーナのデザインによるデデムの証明写真機「イコーナ」。2025年8月、フィレンツェ郊外のショッピングモールで。以下3点は著者撮影。(左)デデムの従来型証明写真機。シエナ郊外の鉄道駅にて2025年9月。(右)同じくデデムによる従来型。2025年10月、シエナ駅前のショッピングセンターで。

ピニンファリーナ・デザインの写真機は「イコーナ」と名づけられている。Iconaとはイタリア語でイコン(聖画像)、図像、もしくはコンピューターでいうところのアイコンを意味する。2023年11月にトリノ郊外カンビアーノにあるピニンファリーナ本社で発表された。

デデムがピニンファリーナに依頼したのは、「未来的かつ永続性あるデザイン」であった。

カメラおよびプリンターが内蔵されているボックス、ユーザーが入るブース、そして背面の3パーツが明確に分けられていることがわかる。同時に外観は、あらゆる都市環境に調和することが考慮されたという。材質にはステンレスとともに、3Dプリンターによるパーツも採用されている。

ミラーは従来機器に比べて、より広い。照明はユーザーのアクセスとともに自動点灯。椅子は格納式とすることで、アクセス性を改善している。撮影時の遮光用カーテンは、従来の横に手で開閉するものに代わって、自動昇降式が採用されている。

タッチ式操作パネルは、単純かつスピーディーに理解できるインターフェイスが模索されたという。

(左)CGイメージから。撮影時にカーテンは、このように下降する。(Pininfarina)(右)未来的かつ永続性あるデザインがコンセプトであった。(Pininfarina)
(左)スーパーマーケットに設置されたイメージ。(Pininfarina) (右) 2023年11月に行われた発表会で。フォトブース内にいるのは、ピニンファリーナのシルヴィオ・アンゴリ社長(当時) (photo : DEDEM)

中身は、なんと…

実際に観察してみると、美点がいくつも見えてくる。機器の向こうが見渡せる構造とすることで、視覚的・物理的に閉所感から解放しているのは秀逸である。治安上も良いし、埃が溜まりにくいことから衛生的でもある。通気性も良いため、嫌な臭いが中にこもっているのではないか?と一瞬息をつめる必要もない。

プロ向けの諸元表を見ていて、もうひとつ面白いことに気がついた。プリンター部分はすでに同社製の他モデル同様DNP、すなわち大日本印刷製なのだ。「イ◯テル入ってる」ならぬ「大日本入ってる」なのである。普段プロダクトに対して特別なナショナリズムはもち合わせていない筆者ではあるが、それなりに嬉しい。

(左)ふたたびフィレンツェ郊外のショッピングモールで筆者撮影。閉所感が無い好アイディアである。 (右)本体とカーペットに記されたピニンファリーナのロゴ。
操作部分。ディスプレイの左側にはコイン投入口と、タッチ決済を含むカード読み取り機器がある。
座面は折りたたみ式。

過去に証明写真機に挑んだデザイナーとしてはフィリップ・スタルクがいたが、デデム-ピニンファリーナ・イコーナは、それ以来のニュースといえる。

こちらはフランスを中心に普及しているフィリップ・スタルクが2010年にデザインした証明写真機。

そうした折、イタリアで筆者と女房の滞在許可証を更新することになった。無期限のステイタスに変わりはないのだが、法令改正により10年ごとに内容のアップデートが必要になったのだ。それには証明写真の更新も含まれていた。写真が印刷されるカードは10年使い続けることになる。そこで例の斜め座りで格好良く、証明写真機はできればピニンファリーナのイコーナで、と張り切った。

しかし、申請書の解説をよく読むと、顔は正面、表情は中立、口は閉じる、頭は中央に配置……さらに首は傾けない……と、細かい。イタリアも、気がつかないうちに、いろいろと堅苦しくなっていた。唯一の幸いは、当局が受領した写真をスキャナーに掛けてしまうので、ステープラーの針で頭を撃ち抜かれなくなったことである。

デデム・ピニンファリーナ・イコーナ(右)と、同じくデデム社によるレトロ風証明写真機「ヴィンティッジ(左)」。(photo : DEDEM)

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