STORY

Start from Scratch #11 Böhmerland 598のスクラッチ・モデル制作

肝は、木製のサイドカー

高梨 廣孝 2023.06.12

実車を見ることがないままに、モデル制作するのは初めてだった

Böhmerland 598はアルビン・リービッシュが期待していたほど売れず、商業的には失敗に終わった。今日ではほんの少ししか残っておらず、最もコレクションの難しいモーターサイクルの一つと言われている。どんな資料を元に図面を作成するか迷っていた時に、ネットを検索するとこのモーターサイクルのコレクター数人が集まって町をパレードする動画が見つかった。余り解像度の高い映像ではなかったが、静止画とは異なりいろいろな角度から見られた。外観からスクラッチ・モデルの完成をイメージ出来て、また多角的に造形がわかり、図面を起こすのに大いに役立った。また、簡単なフレーム図面が存在しており構造を把握することが出来た。

発見したフレーム図面。独創のフレームワークが把握できた貴重な資料だ。
静止、動画と映像から多角的に観察し、フレーム図面と照合しながら描いた図面。

木製のサイドカーに活きた、楽器製造に携わった経験

木製のサイドカーがどんな構造になっているか、動画からは全く分からなかったが、筆者は若い頃ラジコングライダーの制作にのめり込んだ時期があり、その時の経験を生かして制作することにした。航空ベニヤで胴枠を作成し、檜の角材を接着してフレームを作成する。その上に1mm厚のチーク材を張り付けて制作することにした。実車は写真から判断すると、楓や樺など木目の美しい広葉樹が張られており、ヴァイオリンやリュートなどの弦楽器を想像して美しい。

ヤマハ株式会社で楽器のデザインを仕事にしていた為、木材の振動を生かして作られた鍵盤楽器や弦楽器などを見てきたので、木という素材に対する親近感はひと際大きいものがあった。木材は音響特性だけではなく、成長の証となる木目という樹種固有の美しさを持っており、古くから家具や超高級車のインテリア素材として使われてきたという実績がある。

木材は樹種によって比重が大きく異なり、軽いと言われるバルサ材は比重が0.2と非常に小さく、黒檀やスネークウッドのように比重が1.0を超える水に浮かない(沈木)重い木もある。加えて、木材は繊維方向に沿って曲げることが可能であり、ギターなどの弦楽器の構造を応用すれば、サイドカーは出来るのではという感触を得た。

木製フレームに張り合わせて形作る

断面が八角形のサイドカーは、金属で作られたシェルに薄い木材を接着して作り上げられたものか、全て木材で作られたものか判然としなかったが、表面が白や黒などの単色で塗装されたものも存在するので、おそらく前者ではないかと想像された。しかし、今回は経験のある木製のフレームに薄い板材を接着する方法を採用することにした。しかし、この方法で一番問題となるのは、内部にパッセンジャ―シートを装着しなければならず、フレームの構造材が邪魔になることである。考えあぐねた末、出来上がった木製サイドカーは表面に接着されたチーク材が完全に固着されれば、強固なシェル構造が完成するので、構造材の一部を切り取っても問題はないと判断した。

サイドカーの制作。紡錘形を作るには、まずフレームワークが必要だった。チーク材の外殻を張り合わせて造形と強度を持たせた後にフレームを取り外した。

この時代は流体力学を意識して、自動車などにも流線形車体が出現するが、このサイドカーも時代のトレンドを意識して後部に長いテールを伸ばして見事な流線形をしている。しかし、このモーターサイクル程度のスピードでは、空気抵抗を減らしたり、燃費の改善に効果をもたらしたとはとても思われない。

しかしながら、こうして再現をしてみると、紡錘形を木製で作り上げる実車の生産ラインはカロッツエリアのような工房の様相を呈していたことだろう。アルビン・リービッシュには、素材へも「木製」へのこだわりがあったに違いない。「598のサイドカーは木でなければ」と。そうしたアルビン・リービッシュのモノづくりへの思想は、輝きを失っていないのだ。現在でも愛好家が多く、実車が元気に走り廻っていることから、そのように思えてくる。

部品点数が本当に多い

このモーターサイクルのSturmey Archer製のギアボックスは3速の手動であり、丸い握りのついたシフトレバーが右側の足元についている。ガソリンタンクは、普通のモーターサイクルのようにシートの前についているタイプもあるが、今回制作したモデルはガスボンベのような形をしたものがリアフェンダーの左右に取り付けられおり、それぞれ5リッターの容量を持っている。そして最後部には大きな容量を持つトランクが装着されている。独特な構造もあるが、前回に記したようにBöhmerland 598は、トランスポートに徹したモーターサイクルだ。装備する部品点数も多く、制作には膨大な時間を費やした。

【上】実車で見るマニュアルシフトレバー。手動ゆえに、ステップは鐙のようになってペダルの類が無い。【下】意図するコンフォートなライディングをイメージして組み上げたスクラッチ・モデル。

極めてユニークなフレーム構造。

ホイールベースを大きく取り、タンデムで複数のパセンジャ―を乗せること考えて設計したフレームは、バイクというよりは4輪のフレームを彷彿とさせるような梯子状の構造となっている。強度を上げるために補強材が数多く入っているので、フレームの制作はロウ付け作業が多く、困難を極めた。また、サイドカーを支えるフレームやリーフスプリングが装着されているので、2輪を制作するというよりは4輪を制作している気分に浸った。

仮組みで、そのフレームワークの複雑さを実感する。2輪よりも4輪に近い構造。コンパクトな中に張り巡らすようなフレームワークは困難を極めた。

1920年代のバイクメーカー

この時代は、バイクを構成する機能部品の専業メーカーがあり、全ての部品を自社で生産する必要は無かった。エンジンやギアボックスまでも設計・製造する専業メーカーが存在し、自ら設計製造しなくとも専業メーカーから購入してアセンブリーすればバイクは出来上がる時代であった。現在でも、タイヤ、バッテリー、ブレーキなどの機能部品は専業メーカーが存在し、そこから調達するシステムを取っているが、ブランドが確立しているメーカーは心臓部であるギアボックスを内蔵したエンジンまでも外部から購入する例はあまり聞かない。

Böhmerlandの部品構成が非常に多いのは、このような時代背景を反映しているのではないかと思われ、機能部品を一体化して軽量化するなどの思想は無かったようである。

キャストホイールの制作

鋳造制作を行わない筆者にとって、切削加工によるアルミキャストホイールの制作は大きな課題となった。ホイールの切削は旋盤加工で出来るのであるが、軸受け部分に補強リブが入っており、このパーツをどのようにして取り付けるかが問題となったのである。真鍮のような銅合金ならロウ付け加工すればよいのであるが、アルミ合金は溶接を行うしか方法が無い。その設備や技術を持ち合わせていない筆者は、残念ながらエポキシ樹脂で接着する方法を取ったのである。

切削によるアルミホイール。ホイールに軸受を組み込むのは溶接が最適だが、エポキシ樹脂での接着をした。

金属パーツの塗装

このBöhmerlandでは、パーツの塗装も苦心をした。金属でモデル制作した場合、メッキ加工などは実車と同じような処理を施してリアリティをあげることが出来るが、一番苦労するのは塗装である。金属に対しては、ラッカーなどの塗料の密着度が非常に低いのである。密着度を上げるために、先ず最初にプライマーを塗布してからサフェーサーを塗布する。こうして下地を作った上にカラーを塗布するので、塗膜の厚みがどうしても厚くなってしまう。塗装前にしっかりと仮組をして寸法精度を確認しておいたのに、塗膜の厚みで最終組み立てが出来なくなってしまうことが時々起こることがある。塗装パーツが多いBöhmerlandは、この問題に大いに悩まされた。

仮組みを終えて、各パーツの塗装を施す。カラフルなBöhmerlandでは、塗装パーツが多い。また下地、仕上げと層があって塗装膜が厚くなる。この厚みを配慮した精度がパーツ制作では求められた。
完成車を見る―その1。苦心したフレーム、ホイール、塗装…感慨してしまう。
完成車を見る―その2。制作したかった「木製」のサイドカーを取り付ける。感極まってしまった。

グッゲンハイムの「THE ART OF THE MOTORCYCLE」展で、モーターサイクルの歴史の中で最も風変わりな1台と評されたBöhmerlandも、モデルを制作して見ると設計者の明確な意図が読み取れて、その独創的な発想に大いに共感するとともに忘れられない1台となった。

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