STORY

ヒマラヤの麓、道なき道を駆け抜けろ! 「モト・ヒマラヤ 2022」#05

田中 誠司 ロイヤルエンフィールド・ヒマラヤ 2023.01.30

湖と湿原の美しさに心奪われる

まったく申し訳ないことに、もうひとつの媒体の立ち上げなどで多忙を極め、連載の執筆がすっかり滞ってしまった。

何日目に何km走ったとか、旅のディテールの記憶は風化しかけている部分もある。けれども年を越して「2022年最大のイベントは何だったか?」という会話を交わすたびに、モト・ヒマラヤこそが私にとっていちばんの出来事だったと振り返り、久々の旅で体感した経験のうえにいま自分が生きているのだと実感させられる。

photo: 河野正士 写真は4K画質にて掲載。ピンチアウトで拡大可能。

前日の不調とナイトランの疲労をひきずってはいたものの、パンゴン・ツォ畔は気持ちよく晴れ、ドクターが計ってくれた酸素飽和度も問題ないレベルだった。前夜に10kmほど走り抜けた湖畔を今日は西へ戻る。

東西に細長いパンゴン・ツォ(湖)は全長約130kmに及び、その東側3分の2は中国の領土だ。日本で最も大きな琵琶湖の縦幅がおよそ64kmだというから、その倍もある計算になる。われわれはその片隅をかすめたに過ぎないが、碧い湖を眼下に見下ろすライドは爽快というほかなかった。湖畔の道路には例によってガードレールなど一切なく、湖の周辺もまるで人の手が入っていない。

photo: 河野正士

この日も「MIGLIORE」(ミリオーレ)のベテラン編集者、小川 勤ディレクターに引っ張ってもらい、後方からは「タンデムスタイル」の桜井大輔編集長がフォローしてくれた。

「砂の浮いた路面はリスクが高いですから、これまで以上にコーナーの手前でブレーキングを終えて、バイクの向きを変えたころにはブレーキを離し、素早く加速に移る。それさえ身につければ、オフロードも乗れてるから心配ありませんよ」

とアドバイスをいただく。私のようにライディングをきちんと習ったことがなく、4輪車での習慣をそのまま成り行きで走っているにわかライダーにはとてもありがたい助言だ。

photo: 河野正士/Royal Enfield モーターサイクルの専門編集者として長いキャリアを持つ小川さんを必死にキャッチアップする筆者。

7日間走り続ける行程のちょうど真ん中まできて、モーターサイクルが自分の手足の延長であるように感じ始めた。そして毎朝、目が覚めたらモーターサイクルに乗って旅を続けることが自然な、当たり前のことであるように思えてきた。

ここヒマラヤでは、ひとたびレーの街を離れてしまえば分かれ道というのがほとんど存在しない。一度行く先を定めてしまえば道を迷う必要もないのである。ライディングと、自分の心に向き合うことに意識は自然と集中していく。

photo: 河野正士

湖から流れているのか、それとも山からの雪解け水か。山間を流れる川と、その周辺の湿原に沿って走る。休憩のため足を止めると、美しい4頭の馬たちがわれわれの傍にあらわれた。

誰かに彼らは飼育されているのか、それとも野生なのか判らないが、その美しい光景に我々は見惚れ、思わず微笑んだ。

photo: 河野正士/Royal Enfield
photo: 河野正士

再び、標高5000mを上回るチャン・ラ(峠)を越える。山肌は植生限界を完全に超えた無機物ばかり。こんなエクストリームなコンディションに、一体何年前に作られたのだろうという年代もののロイヤルエンフィールドが多数訪れていた。

photo: 河野正士 右下:ロイヤルエンフィールドの日本輸入総代理店、ピーシーアイのマーケティング部長、鈴木 祐さんとツーショット。彼とは彼が4輪業界にいるときからの仲で、筆者をヒマラヤにいざなってくれた。
photo: 河野正士 山を下りレーの市街地へ。途端に猥雑な密集感に襲われる。

3日ぶりに訪れたレーの空気はずいぶん排ガス臭く感じられたが、街ならではの色彩を楽しむ余裕も出てきた。

夜は例によって何種類ものカレーを食べながら、インド通の岡本さんが買ってきてくださったビールを、たしか1週間ぶりくらいにいただいた。インディア・ペール・エール。イギリス人が植民地だったインドに運んで楽しむため、長期間の運搬で腐らないよう、防腐剤の機能を備えたホップを大量に投入した、香りと苦味の強いビールだ。久々のアルコールが身体に染みる。

<つづく>

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