マクラーレンの美学はバーチャルにも健在
初開催のシム・レーシングイベントに潜入
三代やよい 2025.04.14日本人の活躍も注目されるF1日本開催で、モータースポーツへの注目が盛り上がる2025年春、マクラーレン・オートモーティブは、本格派のドライビング・シミュレータを利用した「McLaren Simulator Challenge」を開催した。PFのリポーターが、主要都市のリテーラーで開催された予選を勝ち抜いた「グランドファイナル」を取材。ハイレベルなeスポーツを体感してきた。
いまから20年前。自動車雑誌編集部に入りたての私が最初に任された企画は、「サーキット未経験、ゲーム未経験の編集者がドライビングシミュレータで訓練したら、ラップタイムは上がるのか?」というものだった。生まれて初めてのサーキットはどこをどう走ったら良いのか皆目見当もつかず、その難しさの洗礼に打ちひしがれた新人編集者は、仮想空間で猛特訓。一週間後にカムバックした現実のサーキットでは、なんとか見苦しくない程度のタイムを記録できた。シミュレータの凄さをまざまざ思い知った私の部屋には、あれからハンドルコントローラー一式が常備されている。
日進月歩で急速に進化を遂げたシミュレータは、いまや自動車開発に欠かすことのできない設備であり、プロドライバーのトレーニングになくてはならないツールであり、シミュレータドライバーのいないF1チームは存在しなくなった。「シムレース」を愛好するF1ドライバーも少なくない。マクラーレンチームで快進撃を続けるランド・ノリスも熱心なシムレーサーのひとりとして知られている。
プロが使うシミュレータを、一度でいいから体験したい。切なる願いが叶ったのは、鈴鹿で日本GPが行われる一週間前の土曜日。東京・代官山で開催された「McLaren Simulator Challenge」にお邪魔したときのことだった。
「McLaren Simulator Challenge」は、マクラーレン・オートモーティブが初めて主催するシム・レーシングイベント。代官山で実施されたのは、そのイベントのグランドファイナルであり、McLaren正規ショールーム4拠点(東京・横浜・名古屋・大阪)の予選を経たドライバーによる頂上決戦だ。なにしろ、使用するのはExcape Entertainment社がMcLaren専用に開発した高精度レーシング・シミュレータである。ほんの少しだけ“試走”させてくれるかも……という邪な思いを抱きつつ、取材メモ片手に駆けつけた。



鈴鹿でアルトゥーラを駆る
土曜日の午前中から、会場内は人、人、人。花散らしの冷たい雨も吹き飛ばすほどの熱気に包まれていた。タイムアタック方式の予選に対して、本戦は3名ずつのドライバーによるスプリントレース方式の勝ち抜き戦となる。舞台は鈴鹿サーキット、駆るマシンはマクラーレン・アルトゥーラ。新世代マクラーレンの幕開けを担うべく送り込まれたPHEVスーパースポーツだ。
アルトゥーラは、同社のDNAといえるカーボン・モノコック・コンポジットをコアに、キャビン背後へ軽量・小型の電動パワートレインを設置。全長4.5mのボディに700ps/720Nmを発生する3.0リッターV6ターボ+モータをミッドマウントし、後輪を駆動する。ライバルを凌ぐ乾燥重量1395kgを実現しており、電動化+ディヘドラルドアという難題をクリアしつつもなおライトウェイトを堅守しているのはマクラーレンらしい美点のひとつ。
そのアルトゥーラで、心置きなく鈴鹿を全開走行できるというのはシミュレータだからこそ。マクラーレン・オートモーティブの日本代表・正本嘉宏氏も、今回の企画の背景には「(アルトゥーラの)エキサイティングな感覚を、リアルではなくバーチャルの世界に広げて、より多くの方々と共有できる場を設けたい」という思いがあったと説明した。

これはスポーツだ!
決勝バトルは白熱そのもの。練習段階から2分30秒を切るタイムが連発し、本戦では2分20秒台が続出。ファステストはなんと2分13秒を記録した。ナショナルフォーミュラの記録に迫る勢いに、シミュレータを開発したExcape社のスタッフも「皆さん恐ろしく速い」と驚きを隠せない様子。「こちらはプロも使える機材で、アシスト関係を全部OFFにすれば本物のクルマに極めて近い物理特性を実現しています。今回は少しアシストを加えていますが、普通のドライビングゲームに比べればかなり難易度が高いです」
筆者も、空いた時間を見つけていそいそとシートへ滑り込むと、まずはハンドル&ペダルの剛性感の高さに圧倒される。ブレーキは踏力がかなり必要で、ステアリングの反力も極めてリニア。「やる気満々だと思われて恥ずかしいかも」と、玄関先に置いてきたレーシンググローブ&シューズのことが悔やまれた。タイヤのひと転がり目から強烈なトルクが溢れ出すアルトゥーラの加速感やシャープな操舵感も、現実世界のそれとすこぶる近い。
感じられないのは快適な乗り心地くらいかもしれない……などと思う間もなく、S字でスピン、デグナーでコースアウト、200Rでまたスピン。まともに走れぬまま汗だくで2周を終えた。タイムは2分40秒。「鈴鹿はグランツーリスモで1000ラップは走っています!」と息巻いていた同業ライターも、2分37秒というトホホな結果。チャレンジャーの皆さんのレベルの高さを思い知らされた次第である。

優勝者に送られたのは一週間後に開幕を控えたF1®日本グランプリ「Formula 1 Paddock Club™」のペアチケット。ピット真上に位置するホスピタリティラウンジでの観戦をはじめ、ピットウォークやパドックツアー、一流のケータリングサービスまで、極上のF1観戦体験を味わうことのできる特別なチケットだ。
昨シーズン、マクラーレンは1998年以来26年ぶりにコンストラクターズタイトルを獲得。2025年も開幕戦のオーストラリアGPでランド・ノリスが、続く中国GPでオスカー・ピアストリが優勝を飾っている。勢いに乗るマクラーレンの勇姿を間近でみられるとあり、優勝者のSHUN選手も「これまでは金曜日に会場の雰囲気を楽しんで、土曜の予選と日曜の決勝は自宅でゆっくり観戦というスタイルでしたが、今回は3日間とも鈴鹿サーキットで現地観戦を楽しみたい」と興奮気味に語った。

決勝が終わっても、シミュレータを囲む人の輪は途切れない。クルマ談義、レース話のいつまでも尽きない様子に、現実のサーキットの空気が重なる。バーチャルであれリアルであれ、レースには人とクルマ、人と人を結びつける魅力があるとあらためて実感した。ならばレースを原点とするマクラーレンの作るプロダクトが、人を惹きつけないはずがない。正本代表による締めの挨拶にも、マクラーレンの美学が凝縮されていた。
「マクラーレンは、日本では'80〜'90年代のマクラーレン・ホンダ、そして当時の伝説的なレーシングドライバー、アイルトン・セナとの栄光の歴史が有名ですが、実はF1だけでなく、インディ500やル・マン24時間耐久レースでも優勝している数少ないレーシングブランドです。2010年に設立したマクラーレン・オートモーティブでは、60年以上に渡ってレースで培ってきたテクノロジーや知見をベースに開発したアルトゥーラ等、最高の軽量スーパースポーツカーを介して、お客様に痺れるようなドライビング体験をご提供しております」


