STORY

Start from Scratch #12

二輪車なのにCARと呼ばれた不思議なモーターサイクル ― Neracar ―

高梨廣孝 2023.07.12

2011年、六本木アクシスギャラリーで開催された『1/9の小宇宙展』に向けて

2010年、ブリヂストンが主宰するデザインビル「AXIS」の地下に、新たなギャラリーSYMPOSIAが誕生した。このギャラリーを広く告知するために、スクラッチモデル展を開催して欲しい、と願ってもない話が、林栄次ブリヂストン名誉顧問から持ち込まれた。

AXISで個展を開催するのは2度目となる筆者は、今回の展示の中に極めて個性的で滅多にお目にかかることができない1台を是非とも加えたいと考えた。そして、選んだのがBöhmerlandに次いで、Neracar(ネラカー)である。

日本にあった!

1921年、四輪自動車のいいとこ取りをした二輪車が発売された。前輪のハブセンターステアリング、薄いスチールメンバーでつくられたラダーフレームシャシー、そしてフリクション・トランスミッションなど、これまでの二輪とは発想の異なるモデルが登場したのである。先ず1921年にイギリスで発売され、翌1922年に同じものがアメリカでも発売された。

しかし、このモーターサイクルは数々のユニークな機構が装備されているので、実車を見ないと制作は困難であることが分かった。このことを林英次氏に相談したところ、氏はこの車を筑波サーキットで開催された旧車のイベントで見たことがあるとの話。当時の出車目録の中からオーナーを探し出してくれるのとの心強い約束をしてくれた。そして、嬉しいことに、1か月後に所在を探し出してくれた。

旧車の祭典「Time Tunnel」。TSUKUBAを疾走するNeracar

1996年10月10日、ヴィンテージ・モーターサイクルの祭典『Time Tunnel』が筑波サーキットで開催された。エントリー名簿の中に、モーターサイクル史上最もユニークな一台と言われている米国製のNeracarの名があった。オーナーの小林太三氏は、アメリカから輸入されたこの貴重なモーターサイクルにすっかり魅せられ、大枚を注ぎ込んで入手したのである。小林氏は筋金入りのヴィンテージカーマニアであり、「高速安定性と信頼性はドイツ車に譲るが、壊れても許してやれる可愛い車は英国車」と英国車にすっかりほれ込み、MG TF、ZB、Aと乗り継ぎ、その後モーガン プラス8を所有して、レストアと改造に明け暮れた。

MGやモーガンのレストアで磨いたメンテナンスの経験を生かして、この日のために自身で入念な整備を施して臨んだのである。先ずプラグとイグニッションコイルを交換する。ポイントの接点がダメになっていたので修理。何とこの個体にはコンデンサーが付いていなかったので、適当な日本製を探し出して装着する。これで快調に走行できることを確認して、イベントに臨んだのである。奥様お手製のニッカボッカにハンティングという英国紳士のスタイルで、75年前に生産されたクラシック・モーターサイクルを颯爽とライディングする小林太三氏の雄姿は、集まった人々に大きなインパクトを与えた。

この『Time Tunnel』の聴衆の中に、林英次氏が居たのである。

『Time Tunnel』にて筑波サーキットを疾走する小林太三氏。奥様お手製のニッカボッカ姿は、Neracarと相まって大好評であった。
Neracarに跨る自称“ネラ爺”こと小林太三氏。取材では、分解し、パーツの一つひとつを計測させていただいた。自らの手でオリジナルのコンディションを維持するほどの思い入れを、行き届いたパーツに、そしてこの写真に感じさせた。

幅広いフェンダーの意味

固定され幅広いフロントフェンダーにリンク機構のハンドル、フリクション・トランスミッションと、メカニズムの凝りようは奥が深い。実車を見られた喜びと同時に、感心をさせられた。

薄い鋼板でプレス成形されたラダーフレームからなるシャシーは、内部にエンジンを包み込んで安定性の高い低重心に設計されている。特徴的なのは、フロントフェンダーがフレームに固定されており、ハンドルを切っても動くのは四輪のように車輪のみで、そのためにフロントフェンダーは十分余裕を持った幅広となっている。(二輪のようにハンドルを切った時、フロントフェンダーと車輪が一体となって動くスタイルをサイクルフェンダーと呼び、稀にはこのようなサイクルフェンダーを装着した四輪も存在する。)このモーターサイクルのステアリング機構は、四輪のようにリンク機構によってセンターハブを動かしている。また、駆動機構がユニークである。

ラダーフレームに固定されたフロントフェンダー。モーターサイクルの構造とは思えないが、曲面で成形された幅広いフェンダーの中でタイヤが左右に動く。

Neracarの性格を物語るフリクション・トランスミッション

採用されたフリクション・トランスミッションは無段階変速機構とコンセプトが似ているが、Neracarでは5か所に固定位置の刻みが付いたシフトレバーによって選択する。その原理は、エンジンに直結した砲金製(銅と錫の合金)のフライホイールの回転力を駆動摩擦ホイール(積層牛皮)によって後輪に伝達する方式を取っている。フリクション・ドライブホイール(駆動摩擦ホイール)は、フライホイールの中央と外縁部の間を移動して駆動比を変更し、中央に近いほど低速、外縁部に近いほど高速となる。即ち、フライホイールを兼ねたドライブホイールに接するフリクション・ドライブホイールが移動して変速を行う仕掛けだ。クラッチはハンドルの左側グリップを回転させることによって作動する。

Neracarの駆動構造を図版にしてみる。横置きエンジンから、フリクション・トランスミッションを介して、チェーン駆動で後輪に動力が伝わる。フロアシフトのようなレバーで5段変速する。筆者による図版。
実車で見るラダーフレームのシャシーに収まるパワーユニットとフリクション・トランスミッション。見事にパッケージングされているのがわかる。左手前のフリクション・ドライブホイールは積層牛皮で外輪が覆われている。

フリクション・トランスミッションは、部品点数も少なくシンプルで優れた機構である。低コストで生産ができ、走らせては滑らかな変速と燃費も良いものだ。実際に、出力が2・5馬力の低出力車であるNeracarは、燃費も20km/lと経済的であった。モーターサイクルでは珍しくエンジンが横向きにマウントされているのは、この機構を採用したためであり、クランクシャフトとフレームを並列に配置する必要があったからである。

価格、ライディングの両面で「乗りやすい」を実現したのは、このトランスミッションだと思える。

余談だが、フリクション・トランスミッションは、その原理が活かされた「エクストロイドCVT」として90年代に蘇り、セドリック、グロリア(Y34)、スカイライン(V35)に搭載された。

スクーター感覚で、人気を博したNeracar

独創のメカニズムから、手ごろな価格で、ハンドリング性能もよく、腰掛けるように乗れて女性がスカート姿でも運転できることもあって人気を博したようである。当時のパリのポストカードには、Neracarのホイールベースを伸ばして、ライダーの前に座席を設けたタクシーの写真もあり、高価な四輪タクシーの代用としてのモデルも生産されていた様である。

タクシー仕様のNeracar。ライダーの前に独立したシートとレッグスペースを持つ。ロングコート、スカートの女性が臆さずに乗れる。提供:小林太三氏

スクラッチ・モデルの制作については、次回にしたいと思う。凝った作りのNeracarの再現には、小林太三氏の多大な取材協力と「彫鍛金」の技巧をふんだんに取り入れたものだったから。

排気量:275cc /出力:2.5bhp /最高速:60km/h /燃費:20km/l /車重:100kg /ホイールベース:1498mm /タンク容量:7.2l。現代のコンフォートなスクーターに近しい存在だったのであろうか。
『Time Tunnel』参加車へ贈られるステッカー。1995年から参加したことが窺い知れる。このカバーの中に、独創のメカニズムが収められている。

PHOTO GALLERY

PICKUP