STORY

グッドウッド・リバイバルとプラモデルを巡る物語 #02

ベントレー 4.5L ブロワー

からぱた グッドウッド・リバイバル 2022.05.24

エレール1/24でグッドウッドの思い出に浸る

“未組み立てプラモ写真家”によるグッドウッド観戦記の2回目です。

 2017年は2代目Fiat 500が誕生して60年目に当たる年だった。グッドウッド・リバイバルはその節目を祝うべく150台ものチンクエチェントオーナーを呼び集め、レースデイは3日ともに彼らによるパレードで始まるのだった。クラクションを鳴らし、サンルーフから顔を出し、ゆっくりと色とりどりのチンクエチェントがサーキットを周回し終えると、やにわにパドックから無数の野太いエキゾーストサウンドが響き始める。Day 3、レースナンバー09。ブルックランズ・トロフィーの決勝だ。

20世紀初頭、自動車レースはもっぱら公道を閉鎖して行われていた。イギリスの道路事情はレース向きとは言えず、1907年に常設サーキットである「ブルックランズ」が世界で初めて作られ、数々の耐久レースやレコードランが催されたのだった。第二次世界大戦の勃発によりサーキットは失われてしまったが、1939年までに数々の輝かしい自動車たちがそのオーバルトラックを駆け抜けた。グッドウッド・リバイバルにおけるブルックランズ・トロフィーには往時に活躍したマシンが30台以上集結するのだが、なかでもひときわ目を引くのがベントレー 4.5L ブロワーである。決して幅広いとは言えないキャビンから矩形の断面形を保ったまま前方へ向かってギュッと絞り込むようなシェイプに、巨大なふたつの丸いヘッドライト。そのド迫力の姿を手にしたければ、1/24スケールのプラモデルがうってつけだろう。

1978年に仏エレール社から発売された4.5L ブロワーのプラモデルはその後も英ハンブロール社や独レベル社、日本の今井科学といったメーカーからリパッケージ(要は箱替えだ)を繰り返しながら販売され続けていて、現在も模型店で目にすることができるすばらしいキットである。

プラモデルは媒体である

見るからに頑丈そうな2本のシャシーフレームと太ましいスポークホイールがランナーに収まっているところなど、まるで蒸気機関車のプラモデルのようだ。ボンネットにミチっと入ったエンジンがどれほどの大きさなのか、走りを見ているだけではわからない。スーパーチャージャー付き4.5リッターエンジンは決して精密ではないが、必要最小限のパーツ数で再現されている。正中線を蝶番で留められた外板をめくり上げるようにして整備する風景をピットで見たのを思い出し、ボンネットのパーツをカッターで慎重に切り離す。接着剤でボンネットを開いた状態に固定すると、車体の美しいシェイプに隠された獰猛な心臓が誰の目にも明らかになるはずだ。

 現代のプラモデルに見られるようなシャキッとした彫刻や、細分化されたパーツによる緻密な表現とは程遠いこのプラモ。しかし、燃料タンクを這う配管やメーターの針まで表現されたインパネなど、そこかしこに入れられたディテールはブロワーの魅力の要点をしっかりと捉え、なんとかそれを組むものに伝えようと力が込められているように見えるし、そうした仕事のひとつひとつを見つけるたびに顔がほころんでしまう。

グッドウッド・リバイバルの写真を見返しながら、このプラモから感じ取れたふたつの美点を挙げておこう。ひとつはメッキされたフロントグリルだ。1930年にル・マン24時間耐久レースに出場した際のカーナンバー「8」がメッシュの上に彫刻されていて、我々にナンバーを選択する余地はない。しかし、深緑のプラスチックとこのメッキパーツが組み合わさればどうだろう。見まごうことなき4.5L ブロワーがそこに立ち現れ、往時の伝説を色と形で再構築するというこのプラモデルの機能がズシリと意味を持ち始める。

もうひとつはキャビンの内部、助手席側には工具類を挿し込んでおく革ベルトの彫刻だ。レースに出場する車だけが往時の姿なのではなく、グッドウッド・リバイバルではピットクルーの出で立ちから、彼らが使う工具までもが歴史を重ねたオリジナルであることに意味がある。レースが終わってパドックに戻ったマシンをチラと覗くと、その革ベルトに油と傷の年輪を刻んだ工具たちが美しく据え付けられているではないか。

 とかく古い模型はその「再現性」の低さが気になり、現代的な方法論であれやこれやを矯正すべきではないかと思われがちだ。しかし、あの日チチェスターの美しいサーキットで心踊らせた私とこのプラモの設計マンが見たベントレーの強烈な姿は、間違いなく同じものだったと確信している。往時のものを往時のように味わい、組み立て、見知らぬ異国の誰かと時代を超えた交歓を深める。プラモデルが媒体の一種であると信じて疑わない理由が、ここにあるのだ。

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