STORY

大矢麻里&アキオの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #10

エスプレッソ用カップの掘り出し物

大矢 アキオ 2023.06.21

ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

果てなき論争

コーヒー好きイタリア人の間で、長年勝敗が定まらない論争がある。「エスプレッソを飲むデミタスカップは、どの材質が正しいか?」だ。ひとつは、日本でそれを飲むときにもポピュラーな白い陶器製である。もうひとつは、透明のガラス製だ。

陶器製を支持する人々の言い分としては、「コーヒーが冷めにくい」「石灰分が多いイタリアの水道水で洗ったあと、汚れが目立たない」といったものがある。ガラス派のファンは、エスプレッソ独特の上部にできるクレマ(クリーム)が、視覚的にも心地よいと訴える。

好みは、たびたび家庭内でも分かれるらしい。知人で40代前半のドゥッチョによると、エスプレッソを嗜まない父親(イタリア人にも、こういう人は存在する)はさておき、「祖父は陶器派、俺はガラス派」という。

筆者としては、双方の主張を支持したい。陶器製の分厚い縁は、当たる唇に優しい。いっぽうで、たしかにガラス製は「良いクレマが立っている」という、見る愉しみがプラスされる。ついでにいえば、エスプレッソはグイッと一気に飲んでしまうものだ。バールに入ってから出るまで1分も要さない人を頻繁に見かける。ゆえに、たとえガラス製であっても、冷める暇がほぼないのだ。

グッツィーニ製デミタスカップ&ソーサー「ヴェニス」。普及品とは思えぬ、美しい光のマジックが浮かび上がる。

グッツィーニ・ヴェニス

そうしたなか、良質なデザインのガラス製デミタスカップを見つけた。イタリア「グッツィーニ」の製品である。同社は1912年にエンリコ・グッツィーニが興した家庭用品店にさかのぼる。1938年には早くもプレキシグラスを用いたカトラリーを手掛けている。プレキシグラスは、乗り物の世界でも早くからヘッドライトのカバーや、航空機のキャノピーに用いられてきたから、お聞きになった読者諸氏は多いだろう。ドイツの旧ローム&ハース(現ハース)社が1933年に発売した熱硬化性樹脂の登録商標である。

グッツィーニに戻れば、1950年には、単体でありながら表裏2色をもつプラスチック製品を発売。近年3色も実現し、ブランドを象徴するテクノロジーとなっている。1990年には小型家電製品にも進出。2019年には時流にしたがうかたちで、再生プラスチックを利用したシリーズも発売した。

筆者が購入したデミタスカップ&ソーサーは「ヴェニス」と名づけられた商品である。ヴェニスは、カップはガラス製であるのに対して、ソーサーはプラスチック製だ。ガラスと見紛うような質感にもかかわらず軽量。片付けるときに「割ってしまうのではないか」という心配がない。日々使う食器としては、大変ありがたい。1970年代のオリベッティ製品、1980年代の「リトモ」「パンダ」といったフィアット車の内装にみられるように、イタリアのデザイナーはプラスチックの使い方・見せ方が秀逸である。すでに5カ月“長期テスト”を行っているが、ガラス製カップとの材質の違いがひと目でわかるような変色や劣化はみられない。

表面につけられた凹面は、見た者がそれに目を奪われることにより、ふたつの材質の違いをあまりに意識しなくなる効果があると筆者は見る。加えて、くぼみに親指と中指がフィットするので収まりが良い。

デザインしたのはピオ&ティート・トーゾ兄弟。故郷ヴェネツィアで1996年から活動し、レッドドット・デザインアワード、コンパッソ・ドーロ、さらに日本のグッドデザイン賞の受賞歴がある。

パッケージ。デザイナーであるピオ&ティート・トーゾの写真も印刷されている。
エスプレッソを注いだところ。クレマ(クリーム)とコーヒーのコントラストは、古代の地層を思わせる。
先に我が家の食器棚に収まっていたグッツィーニ製品。ペットボトルをリサイクルしたボウル。

ばら撒き土産に最適?

このデミタスカップ、実をいうと筆者は、目指して買いに行ったのではない。2023年11月、市内のホームセンターを訪ねた際、特売コーナーに山積みされていたのだ。値段もなんと1客僅か1.49ユーロ(約220円)。ただし、その日は、女房が隣に置いてあった電気あんかのほうが欲しいというので、少しでも節約すべく断念した。

クリスマスが明ければ、さらに安くなるだろうというと考え、年が明けてから行ってみた。だが同じ1.49ユーロだった。まあ、洒落たカフェのエスプレッソ1杯より安い。ということで、女房のぶんと2客購入した。

後日インターネット上で同じヴェニスを検索すると、6客セット売りだったり、ばら売りでもそれ以上の値段で売られている。やはりバーゲンプライスだったのだ。

前述のように、ブランド良し、機能性良し、そしてデザイナー良しの三拍子にもかかわらず、なぜこのように安売りされてしまったのか? 考えるに、伝統的な形状を好む、ここ中部トスカーナの人々に、あまり受けなかったのであろう。家具のチョイスを見ているとわかるが、イタリア人すべてが、モダンデザイン好きとは限らないのだ。

ともかく筆者が思いついたのは、「今のうちヴェニスを買いだめしておく。そして次回日本に一時帰国した際、日本の親戚に講釈を垂れながら、ばら撒く」ことであった。そこで先日店を再訪すると、すっかりヴェニスは消え、代わりに浮き輪や砂浜遊び用のバケツやシャベルが積み上げられていた。かねてから感じていたが、自分は相場を読む才能が一生無さそうだ。

裏側。サーフェスの躍動感とリズムは、オブジェのような雰囲気を醸し出している。同時に、持ったときの滑り止めの役割も十分に果たす。
グッツィーニ・ヴェニスが販売されていたときの様子。2022年11月、シエナで撮影。

PHOTO GALLERY

PICKUP