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海辺から韓国最高峰に挑む、100kmの旅:TRANS JEJU by UTMB

佐々木 希 TRANS JEJU by UTMB 100k 2025 2025.12.31

UTMBワールドシリーズ「Kaga Spa Trail Endurance100」の完走に続いて、「TransJeju by UTMB」の「Jeju100K」に挑戦した。自身初の海外レースは、韓国・済州島で韓国最高峰・漢拏山を巡るコース。8時間にも及ぶ雨と寒さの中で進み、周到な装備計画と補給戦略によって20時間27分で走り切った。その戦略的なレース展開と霧雨に煙る雄大な景観を、佐々木 希選手が綴る。

(上)チェジュ空港から車で70分、島の南部の海にほど近い済州ワールドカップ競技場がスタート/ゴール会場。(左)羽田から大阪、チェジュ、と乗り物を乗り継ぎ、夕方やっと会場近くのホテルにチェックインして休むまもなく会場へ。(右)前日受付をして、ゼッケン、参加賞、ドロップバッグを受け取る。パスポートで身分確認。

TransJeju by UTMBとは?

2025年6月に日本で初めて開催されたUTMBワールドシリーズ「Kaga Spa Trail Endurance100」に続いて、「TransJeju by UTMB」の「Jeju100K」に挑戦した。最終目標は2027年の「UTMB」 (Ultra Trail du Mont-Blanc)完走だ。

UTMBワールドシリーズは、フランス・シャモニーの「UTMB Mont-Blanc」を年間決勝戦(Finals)とする世界規模のトレイルランニング・イベント。世界各国で開催されるシリーズ戦を完走すると「Running Stones」と呼ばれるポイントを獲得でき、Finalsの抽選に用いることができる。所持するRunning Stonesの数が多いほどシリーズ最高のイベント、「Ultra Trail du Mont Blanc」の出場権利が得やすくなる。

済州島の中心にそびえる漢拏山(ハルラサン、標高1,947m)は韓国最高峰であり、ユネスコ世界自然遺産にも指定された国立公園である。南国の亜熱帯から山頂の寒帯まで多彩な植生が広がり、火口湖・白鹿潭(ペンノクタム)を擁する独特の地形を楽しめる。一年を通じて登山者で賑わう名峰だ。

今回の100kmレースでは、この漢拏山登頂を含むコースを走り抜ける。10月の済州島の気候は日本の九州に近いが、山間部は天候が変わりやすく、風も強いため、雨対策と寒さ対策がカギとなった。さらに、この大会ではトレッキングポールの使用が禁止されているので、脚力だけで長い登り下りに挑まねばならない。

(上)済州島は佐賀県と同じ緯度、面積は大阪府くらい。(左)コース高低図。競技場をスタートして、漢拏山を2回違うルートで登る。一度目は山頂まぎわまで登って降りる。(右)19時間台と、21時間の予定表を作った。これを見ながら行動する。

初の海外レースに向けた装備と補給計画

私にとって海外レースは初めての挑戦。渡航や現地手配はトレイルラン専門ツアー「ルクタスアドベンチャーズ」に委ねた。ツアーに参加することで不安要素は減らせたが、現地の大会情報は限られ、エイドで提供される飲食物の細かな内容も不明だった。大会前日のEXPO(受付会場)では日本のように補給食やトレラン用品の販売がなく、現地調達は困難なことは事前に知っていたため、必要なものは全て日本から持参した。自分の過去の成績と、公式情報を基に目標タイムを約19時間(予備プラン21時間)と設定し、区間ごとの距離と累積標高から詳細なペース表を作成して携行した。

装備面では、必携品一式(ライト、レインウェア、防寒具、ファーストエイド、携行食、マイカップ、現金など)をもれなく用意。シューズは、ロングレースでは信頼性の高い相棒「The North Face Vectiv Pro 3」を選択した。コロコロ変わる天気予報に、何を着るべきか決められずかなり余分にウェアを持参、直前まで悩んだ。スタート前には「GONTEX」のテーピングを施し、長時間の負荷に備えた。

補給計画も綿密に立てた。エイド食は当てにしないでも走れる量の行動食を準備した。ドロップバッグは公式にはCP(チェックポイント)4(42km)のみ使用可だが、ルクタスのツアーサポートがCP4とCP7(86km)に入るため、オフィシャルのバッグは使わず、それぞれに補給食を小分けにして預けた。着替え類は天気予報とにらめっこし、レース後半のCP7に予備で預けることにした。

(上)毎回悩ましいレイヤリング。現地の天気予報、山の天候、特徴など調べあげて直前に最終決定する。(左)携行するトレランザックの中身。必携品ほか、自身で必要なものを持つ。(右)行動食。これもだいたい決めておくが、直前まで悩んで削れそうなら減らす。

雨に煙る序盤の樹林帯セクション

10月18日午前5時、済州ワールドカップ競技場からスタート。心配していた寒さはまったく感じず、むしろ海が近いせいなのか蒸し暑い。発汗量が多くて体力が思ったより奪われて、これでは後半きついかもしれない、という心配がよぎった。
序盤は国立公園内の整備されたトレイルが続き、走りやすい。しかしわずか1時間で左脚の内転筋に痙攣の兆しが現れたため、早くも攣り対策に追われる。14km付近から小雨が降り出し、標高もまだたいして上げていないのに気温がみるみる低下。とともに、足が重く思ったように進めない。腹巻きとアームカバーを装着し、足首まで暑くて下げていたカーフスリーブも引き上げて保温に努めた。

CP2・霊室(ヨンシル、20.7km)には3時間34分で到着。予想より速いペースではあるが、体調は良くない。防寒が足りなかったようで、立ち止まると震えるほど寒い。急いでシャインマスカットと大福を食べて水を補給し、エイドを後にする。走り出しても震えは止まらず、ソフトシェルを着込みレインウェアを重ね、絞れるほど濡れたグローブを外し防風グローブに替えた。15分ほど走るとようやく寒さを感じなくなって一安心した。

向かった霊室コースは、晴れていたら絶景が見られるはずの、天国に繋がると言われる長い階段。しかしこの日はしっとり濡れる霧雨が降り続き展望もなく、黙々と標高を稼ぐ。山頂近くまで登って、一旦麓まで下る。

そろそろCP3に着くかというところで、足を滑らせて前方に転倒し、左脛と右腿を強打してしまった。激痛で一時動けなくなったが、持っていた鎮痛剤をすぐ飲み、何とか歩き出す。しばらくすると痛みはいくらか和らぎ、牛歩から小走りへ復帰できた。続いていた度重なる足攣りもようやく治まった。

29.6km地点のCP3には約5時間40分で到着。バナナなどで素早くエネルギーと水分を補給する。次のエイドまでは約12kmで累積標高160mと強度は弱い区間。舗装路も多く、なるべくしっかり走った。霧雨は止まず、心身の消耗がじわじわ進む。

(左)朝5:00、まだ暗いのでヘッドライトをつけてのスタート。さすがUTMBワールドシリーズ、ゲートも立派、華やか。選手たちは鼻息荒く一斉に駆け出した。(右)ザックはTHE NORTH FACEの「ティーアールロケット」、容量は13リットルなのでゆとりがある。スタート時、用意した水は1リットル。交換では足りない区間も予想されるので、背中に空のフラスクも1本持った。記録のためのチップがゼッケン裏側に装着されるほか、予備でQRコード付きのタグも取り付ける。
(左)最初のエイド。お菓子とバナナ、ペプシと水が提供されていた。他のエイドでは名物のシャインマスカットやみかん、トマトなども置いてあった。(右)整備されているコースが多かったが、ここは追い越ししづらいうえ、地味な登りで嫌な区間だった。

最大の山場:漢拏山登頂と長距離の下り

正午過ぎ、再び漢拏山に登る足がかりとして、最大規模のエイドであるCP4(42km地点)に到着した。ここでは抜き打ちの必携品チェックがあり、ヘッドライト、レインジャケット、サバイバルブランケット、スマートフォンの提示が求められた。数分のロスでクリアし、すぐ補給に入る。公式エイドはスルーして、テントの中にあるルクタスエイドへ。温かい素麺2杯、梅干しは10個くらい補給した。塩分と温かいものをしっかり摂取して体力が回復し再スタート。

しかし出発直後、ドロップバッグに預けていた、これ以降で食べる携行食を忘れたことに気づき、急いで引き返して補充。5分もムダにしてしまった。

次のCP5までの距離は18.6km、獲得標高が1,367mという、このレース最大の難関区間だ。樹林帯を貫く登山道は、非常によく整備されていて、ほとんどが階段だが、急斜面を黙々と登り続けるのは辛く、ペースダウンする選手たちも多かった。私自身は、塩分をしっかり取れたのがよかったのか、やっと調子が戻ってきた。森林限界を越える頃ようやく雨が上がった。

午後3時過ぎ、強風が吹き荒ぶ中、韓国最高峰・漢拏山の頂に到達。期待していた絶景が見れるほど視界は開けていなかったが、達成感は大きい。ここから次のチェックポイントまで約1,200mも高度を下げる長い下降パートに入る。序盤は岩だらけで慎重を要したが、次第に木道や石段が現れ走りやすくなった。驚くほど集中でき、勾配が緩むにつれてペースアップし、雨上がりの澄んだ空気の中で快調に高度を下げていく。

夕方4時半ごろ、前のエイドより149位も順位を上げてCP5に滑り込んだ。長大な登り下りですっかり疲れていたが、ここで一息つく間もなく次の準備に取り掛かる。

(上)このレースはとにかく階段と、ごろごろ石の印象が強く残った。終わってから、もう石はしばらく見たくないなんて、走った人と笑い話になった。(左)CP3の模様。ゴミの散乱っぷりが日本では見られない光景。シェルもレインも羽織らずノースリーブや半袖の選手が多いのにも驚きだ。エアサロンパスが置いてあるのも珍しい。しかし残念ながら全て空っぽだった。(右)漢拏山山頂につくころようやく雨があがった。スッキリした晴れではないが、稜線が現れ選手たちの顔は明るくなりみなカメラを向けていた。雲海があらわれ、山肌もいくらか見られたのが少しものご褒美だった。風が強く冷えるのですぐ退散。
(左)山頂を見上げる。登りきった先の景色を期待してもうひとふんばり。(右)山頂から見下ろした火口湖・白鹿潭(ペンノクタム)。梅雨時や雪解け時以外は水がないことが多いらしい。

夜間走行とゴールへの執念

60km地点のCP5では、予想外にもおにぎりが置いてあって心が踊った。お湯をもらって麦茶を作って胃を温めた。日暮れとともにヘッドライトを点灯。エイドを出た直後は足場の悪い難路に苦戦し、ペースが落ちてきた先行集団を追い抜くのにも体力を要した。高低図では楽だろうと予想していた12.8kmのこの区間だが、12分予定をオーバーして19時過ぎに次のエイド(73km)へ到達した。手短に補給を済ませすぐ出発。

ここからはまた雰囲気がガラリと変わる。完全な闇の中、泥濘に足を取られながら前進したり、苔のついた滑るゴロゴロ岩のある沢を渡渉したり、難所続きに心身ともに堪える。スタートから16時間くらい経って、ついに眠気がでてきた。足全体がぼちぼち痛い。残り5時間しっかり走れるように、鎮痛剤とカフェイン錠を飲む。

CP7(86km)には21時半に到着。最後のルクタスエイドで温かい素麺、梅干し、おかゆを摂り、携行食をデポバッグからザックに補充。同時に不要な装備を預け、フラスクには温かい麦茶を満たす。短い休憩で息を整え、残るセクションに挑む。

残り約14km、最後の小さな峠を越えればフィニッシュは目前だ。漆黒の山並み越しに麓の街灯りが瞬いている。最後のエイド、CP8(96km)に目標の1時間21分遅れで到着。胃が疲れて固形物は摂る気になれない。水分補給だけして通過した。

(左)5つ目のエイドで、想像もしていなかったおにぎりにテンションが上った。スパイシーも気になるが胃腸を労ってツナをチョイス。一個をその場で頬張り、さらに一つもらって後で走りながら食べた。(右)公式のエイドの並びにルクタスエイドも併設されている。預けたドロップバッグを到着の近い選手から順に並べていてくれる。着くなり何を食べるか聞いてくれ、手早く用意してくれた。
(左)CP6から7の間にたびたび現れた渡渉箇所。苦手でペースはガタ落ち、何人にも譲りながら進んだ。(右)ひらけた場所からは街の灯りやその先の山々を登る選手のヘッドライトの明かりが見える。この非日常感を味わえるのもロングレースの醍醐味だ。

残り2kmのロードに出たところで、標高が下がって再び暑くなったのと、気持ちも熱くなり、少しの時間も惜しかったが、立ち止まって着ていたシェルを脱いだ。最後の力でスパート。夜風が肌に直接当たって、苦しいが気持ちがいい。夜中なのに煌々と眩しいスタジアムに吸い込まれた。10月19日午前1時27分、20時間27分の戦いを経てフィニッシュ。

ゴールでは選手たちにおでん、お粥、スープを用意してくれていた。疲れた体に染みる温かい食べ物の振る舞いが嬉しかった。初の海外100kmを無事完走できた。

(上)スタジアムの外周を少し走る。先に走っているのは女性だ。ここはもうひと踏ん張り!最後に力を出しきってゴール間際で抜いた。(左)フィニッシュゲート直前、いつもこの瞬間がたまらない。(右)「遅くても21時間以内」はクリア。女子総合35位、年代別は2位だった。1位との差は2時間以上。

目標の19時間からだいぶ遅いゴールだった。高低図などでは予測しきれない、計算外の走りづらいサーフェスがあり、思ったペースでは走れなかった。加えて、序盤の発汗が多かったのに前半エイドに塩分補給するものがなく、自身でも持ち合わせていなかったため、早々に足が攣ってしまったこと、暑さから寒さへの天候変化の対応が遅れて体を冷やしてしまったこと、転倒して打撲したこと、などが考えられる。諸々対処できていれば、20時間はきれたかもしれない。

(左)ゴール後に食べ物が出るレースは経験上半分以下。出ると知らなかったので嬉しかった。おでんを選んだら、薄いさつま揚げのようなものが日本のより少し甘めのおでんつゆにつかっていた。やけどするほど熱くてとても美味しかった。GONTEXのテーピングテープは長時間の雨、汗に今回も耐え抜いた。(右)完走賞は、スポンサーのHOKAのフィニッシャージャケットと、トルハルバン(石のおじいさん)といって済州島のあちこちで見られる島の守護神の置物。島の火山石(玄武岩)でできているそうで、これを見るたび苦戦した石ごろごろのコースを思い出す。

海外レース完走で経験したこと

UTMBワールドシリーズの一戦とあって、国際色豊かで会場も華やかだった。通訳もいたし、コミュニケーションに困ることもなかった。自身で全て旅行手配してもなんとかなりそうだが、プロに任せたことでかなり負担を減らせたし、何より間違いなく安心だった。

戸惑うこともあった。トレイルランニングのマナーは全世界共通ではないようだ。日本では、山の中での挨拶、ハイカーとのすれ違い、登り下りの譲りあい、ランナー同士の追い越し、声がけなどルールがある。本レースにおいては、すれ違いでの挨拶はなし、ハイカーには道を譲っている人は見なかった。

追い越しは、声がけしない人が大半、こちらから声をかけても、横から行ってとジェスチャーするだけで、歩みを止めない人が多い。後ろが詰まっていても、止まって脇に避ける人も少ない。譲らない、という気でいるのではなく、抜きたいなら自力で抜きなさい、といったふうに感じた。あわや接触、という場面が数回あってヒヤッとした。

ルクタスのツアーでは、完走後にサムギョプサルをたっぷり食べられるアフターパーティーや、観光名所を巡るオプションが用意されていたり、翌日、空港へ向かうバスが東門市場を経由してくれたり、と、レースを終えたあとの楽しみも充実。レースのマナーの違いにだけはストレスを感じたが、海外の山々を駆け巡るという体験、日本では味わえない現地のグルメや観光を楽しむという旅行要素も加わって、海外レースにすっかりハマってしまった。最終目標のUTMBまでに海外レース経験も積んでいこうと思う。

(左)完走後、数時間休んで午後は、観光へ。城山日出峰(ユネスコ世界遺産)と、薬泉寺を訪れた。(右)アフターパーティのドレスコードはフィニッシャージャケット。参加選手全員が完走できた。海外レースに出る人は志も高く経験豊富で、とても刺激を受けた。

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