INTERVIEW

ニコンFシリーズとF1トップ・フォトグラファーの対話 #05

カメラとの声なき相談

PF編集部 ニコン 2022.09.30

同時に使うボディは同じものがいい

「モノ」とその使い手である「人間」の間には、「こうしたら、こう動く」という予測や阿吽の呼吸というものが存在する。「カメラ」と「プロフェッショナル・フォトグラファー」の間には、どういうプロセスがあり、彼らはどんな部分に気を遣うのだろうか。

PF:僕らみたいな「写真を撮ったことがあります」くらいのレベルだと、シャッターがあり、シャッタースピードがあり、絞りがあり、レンズとの兼ね合いがあり、というふうなのがカメラとの対話なんですけど、プロの対話というのはどういうものなのでしょうか。

金子:どんな指示を出せばどんな答えが返ってくるか、ということなんだと思います。それが分かってくるとすごく楽になるんです。つまり経験値だと思う。説明書に書いてあるようなことではないから、何と言っていいかわからないけど、お互いの経験を重ねていって、カメラを何となくわかってくる。癖を理解するという感じです。

だから僕は色々な種類のカメラを同時には使いません。F3の時はF3だけ。また別のカメラに変わったらもうそのカメラだけです。これがメイン機でこれがサブ機で、こっちはその次みたいなのはない。全部同じでないと嫌なんです。もちろんみんなニコンだから操作方法は似ているけど、でも微妙に違う。自分がすぐ適切な反応できないと嫌だから、必ず同じものを使っていました。

photo: Hiroshi Kaneko 金子 博 2016年日本グランプリにて、2台のボディは同じ。長玉と広角を使い分ける。

PF:例えばコース上で繰り返し走って来るマシンを撮るという場面もあれば、パドックなど少し暗いところでドライバーの表情を撮るようなアーティスティックな場面もあると思うのですが、それでも同じ道具であった方がいいですか。

金子:同じほうがいいと思います。例えば操作系。シャッタースピードが250分の1で、絞りが16で撮っているんだけど、それをインジケーターを見ながらセットするんじゃなくて、勝手に指がダイヤルを回すという感じです。

photo: Hiroshi Kaneko 金子 博

PF:F3はデジタル表示ではないですよね。

金子:シャッタースピードはデジタル表示です。絞りはレンズの根本にあるからそれは見なければわからないですけどね。

同じ道具でないと困る例を挙げましょう。例えば今は絞りが5.6になっていて8にしようという時は、1段だからカチってやればいいのだけど、5.6の3分の1、3分の2にしようかなという時がありますね。同じカメラだけ使っていれば、もうその時は手の感覚だけ。それが慣れというか経験値というか、つまり対話です。いちいち表示を見て設定するんじゃなくて、どんどんツーカーになっていく感覚です。

photo: Hiroshi Kaneko 金子 博 2010年ベルギーGP、フェラーリF10とフェルナンド・アロンソ。

「俺はこういう風に撮りたいのだけど……」

初めてカメラに会って、こんにちわと言って、じゃあこれからよろしくお願いしますと使い始めて、何とか使いこなして。そして対話をして相手の癖が分かってきて、最終的にはお互い話が通じて、そんなに言葉を交わさなくても使えるようになったらいいと思うんです。F3とF5の時には何とかなったと思います。

トンネルの中にヴィルヌーヴがやってくる。「暗いからちょっと開けなきゃまずいな」とか、カメラといろいろ会話をしながらその数値を決めていくんです。当然決めるのは僕だけど、それはカメラに助けられながら。僕とカメラの長い間の付き合いで対話ができて、「俺にはこういう風に見えるから、こういう風に撮りたいのだけど、設定はこうするよ、いいですか」と問いかけると、カメラが「いいだろう、いってみな」みたいな。

暗いとスローシャッターになってしまうし、狙うのが難しい。それをカメラに話してどう返ってくるか。あとで現像してみてこう返ってきたから良かったなと。それで会話は成立です。よくカメラも応えてくれるよね。こちらの我儘に。ありがたい。カメラと付き合っててすごく感謝してしまう。

photo: Hiroshi Kaneko 金子 博 2017年モナコGP、自身最後のシーズンを戦うフェリペ・マッサとウィリアムズFW40。

実は、カメラマンとしてカメラと対等に話ができた時間は短いんですよ俺は。F、F2の時は全然話も出来なかった。カメラが上すぎてね。

僕らの大先輩の人たちや、当時から上手かった人はFとかF2でも会話が成立していたんだろうな。でも僕はそこまでできませんでした。僕はFに「これくらいでお願い」って言ったんだけど、「うるさい、生意気だお前」みたいなね。Fにはそういうところがきっとあったんです。

F3とF5ぐらいです話が出来たのは。F4でオートフォーカスになったけど全然使えなくて。「このカメラ、僕は嫌だ」という感じだった。でもF5はフォーカスに関しては僕より全然上。そのあとデジタルに移行していくわけですが、もうそうなってからは僕よりカメラが上でした。助けられましたね。

ただ、機械が変わるとすごく難しい。こういう風にすればこういうふうに動く、こういうふうにすればこうなるっていうことを少しずつ熟知していきました。それはカタログとか取扱説明書に書いてあることではなくて、僕とカメラの話し合いとか経験とか、数値ではなく経験が増えていってカメラと仲良くなる。それ以降の機種は、もう「すみません、カメラ様よろしくお願いします」って感じです。

対話ができるとカメラを大事に使うようになります。ただの機械でも、何か気持ちが通じるようになった気がするんです。移動の時にはきちんと包んで衝撃を伝えないようにとか、そういう気配りをするようになります。

<つづく>

中嶋 悟とのツーショット。左は1990年、右は2013年。

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