STORY

N響の新・首席指揮者ファビオ・ルイージに聞く マエストロの愉しみ #01

― 美、旅、お気に入りの逸品たち ―

大矢 アキオ 2022.08.26

第1楽章:古い建築が教えてくれるもの

日本を代表するオーケストラのひとつ、NHK交響楽団に2022年9月、首席指揮者としてファビオ・ルイージ氏が就任する。

ルイージ氏は1959年イタリア北西部の港湾都市ジェノヴァ生まれ。デンマーク国立交響楽団で首席指揮者を、ダラス交響楽団で音楽監督を務めている。メトロポリタン歌劇場首席指揮者、チューリヒ歌劇場音楽総監督、ウィーン交響楽団首席指揮者、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団および同歌劇場音楽総監督、スイス・ロマンド管弦楽団音楽監督などを歴任。世界各地のオーケストラで客演もこなしてきた。2013年にはワーグナー作品の録音でグラミー賞も受賞。イタリア政府からはコメンダトーレ勲章を受勲している。

そうしたルイージ氏の輝かしい経歴や音楽観については、すでにさまざまなかたちで紹介されている。そこで今回は、他の芸術分野や旅、モノなどを、本人の生活視点を交えて語ってもらうことにより、世界的指揮者のパーソナリティを浮き彫りにしたい。

連載第1回は、翌日の演奏会場の話とともに、自宅についての思いを語ってもらった。

ファビオ・ルイージ氏はチューリッヒに住むが、インタビュー当日はヴェネツィアに滞在していた。翌日、サン・マルコ広場でフェニーチェ歌劇場管弦楽団によるカール・オルフ《カルミナ・ブラーナ》の指揮を控えていたためである。そこで対談は、シエナに住まう筆者とオンラインで行うことになった。

ファビオ・ルイージ氏は水の都・ヴェネツィアからインタビューに応じた。

ラップトップPCのカメラ角度によるものだろう、画面に映るルイージ氏の顔はやや下向きである。

筆者としては、オーケストラの第1プルト(最前列)の奏者が、指揮台に乗るルイージ氏を眺めているような気持ちで会話を進めることになった。

ファビオ・ルイージを魅了した、世界各地のコンサート会場

大矢アキオ(以下AO): 《カルミナ・ブラーナ》のプローヴァ・ジェネラーレ(筆者注 : 最終リハーサル、通し稽古。日本の音楽関係者でいうところのゲネプロ)は、いつですか?

ファビオ・ルイージ(以下FL): 今夜7時からです。すでに劇場内では昨日、練習を終えました。

AO: 2019年には、シエナにいらっしゃいましたね。私は残念ながら伺えませんでしたが。

FL: フィレンツェの五月音楽祭管弦楽団とともに、シエナを訪れました。

AO: 旧ソ連出身のピアニスト、リーリャ・ジルベルシュテインとともにチャイコフスキーの《ピアノ協奏曲第1番》を演奏されましたね。シエナの「テアトロ・デイ・リノヴァーティ」は1300年に遡る古い劇場です。

FL: 彼女は優秀なピアニストで、劇場も素晴らしいものでした。

AO: いっぽう、ダラス交響楽団でベートーヴェンの《交響曲第7番》を指揮しておられるのを動画配信サイトで拝聴しました。(ダラスの)モートン・H. マイヤーソン・シンフォニー・センターはモダンなホールです。どのような会場で演奏するのがお好きですか?

FL: ダラスのホールは、私が知るうちで最高の演奏会場でした。いっぽうイタリアにおいてベストの演奏会場を決めるのは難しいものがあります。広い意味で交響曲の伝統がないため、基本的にコンサートホールではなく歌劇場で演奏するためです。しかし、イタリアにも素晴らしいホールはあります。ローマの「サーラ・サンタ・チェチーリア(筆者注:2002年落成)」と、私がRAI国立交響楽団と仕事をしているトリノの「アウディトリウムRAIディ・トリノ“アルトゥーロ・トスカニーニ (筆者注:1952年落成)」です」

AO: 音響的には、いかがでしょう?

FL: 当然ながら、近代的ホールのほうが優れています。しかしアンビエンテ(雰囲気)や視覚的優雅さという点では、ミラノ・スカラ座やナポリのサン・カルロ劇場のほうが明らかに勝っています。

AO: いっぽう今週末は、ピアッツァ(広場)での演奏です。

FL: 私はすでに数々の野外公演で指揮してきましたが、(ヴェネツィアの)サン・マルコ広場は初めてです。したがって今夜にならないと、その響きはわかりません。音響性という点で、屋外で美しい音楽を実現するのはとても難しいものです。しかし、社会性・市民性という点でイタリアのピアッツァはとても重要な役割を果たしていることは事実です。

ヴェネツィアのサン・マルコ広場。ピアッツァはイタリア史において、さまざまな政治的・ 文化的役割を果たしてきた。

インスピレーションが紡がれ、歴史が息づくプライベート空間

AO: イタリアの生活におけるピアッツァの役目は、私が住むシエナのカンポ広場でよくわかります。今年も有名な競馬「パリオ」が行われた2週間後に、野外演奏会が企画されています。ところで古い建築物といえばチューリッヒのお住まいは、歴史ある館と伺っています。

FL: 17世紀末の建物です。

AO: かつてどのような人が住んでいたか、お聞きになっていますか?

FL: 18世紀には今日でいう市長に相当する人物や市政に携わる人物が住んでいたといわれます。その後医師たちが住み、20世紀に入ってからはポーランド大使など外交官が居住していました。明らかに高貴な階級の住居だったことがわかります。

AO: フレスコ画が残っていると伺いました。

FL: 美術的価値は限られていますが、スイスにおける富裕階級宅の希少な例です。

AO: どのようなジャンルのフレスコですか?

FL: すべて非宗教的なものです。狩猟やサロットなどの風景です。神話もあります。天井にもフレスコ画がありますが、市の美術遺産に指定されていますので、ペンダント・ランプを下げることは許されていません。スタンディング・ライトで代用しています。

AO: 私の住むシエナでは、たとえ小さな窓を開けるにも市の許可が必要です。歴史的建築物に住まう宿命ですね。

FL: しかし、私自身は自分の家に個性と歴史を感じています。私よりもはるかに古いストーリーをもっているのです。

AO: とすると、若い国アメリカでのご滞在は、やや苦痛だったとお察しします(笑)

FL: それでも約4年のニューヨーク滞在中は、20世紀初頭に建てられた家に住んでいました。私は物語をもつ環境や建築物が大好きです。古い館や教会からは、歴史の息吹を感じることができます。建設に要した年月、私がそこにいるより数百年も前、どのような人物が住み、どのような人々が訪問したのか、彼らがどう時を過ごしたかに思いを馳せることができます。やがてそれらが自身のインスピレーションや思考法につながってゆくのです。私たちは人間として寿命があります。いっぽうで建物をはじめモノは人間とともに歩み、残り続けます。時代の証人であり得るのです。

インタビューはルイージ氏のにこやかな表情かつ温厚な語り口により、終始穏やかなムードに包まれた。おかげで当初、「マエストロ」、そして受勲者に対する敬称「コメンダトーレ」といった呼びかけを、すっかり失念してしまった。

欧州の人々が古い街や建築物を好むのは、けっして珍しいことではない。しかしながらルイージ氏は、そこから得られる思考を重視する。彼のオブジェクトに対する知的な関わり方が早くも窺えてきた。

トップ画像 ⒸNHKSO

PHOTO GALLERY

PICKUP