STORY

グッドウッド・リバイバルとプラモデルを巡る物語 #03

メルセデス・ベンツ300SL

からぱた グッドウッド・リバイバル 2022.08.31

ヨッヘン・マスに遭遇

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イギリス経由、プラモデル行き。“未組立てプラモ写真家”によるグッドウッド観戦記の3回目です。現地で見た300SLの中身を、プラモデルを組み立てることで再認識。少年の頃に幾度も味わった、あの感動を思い出してみませんか。

あの日見たグレーの300SLは、9位でレースを終えた。言葉はかけられなくてもその走りに敬意を表したくなった私はピット裏を走ってパルクフェルメに向かい、カメラを向ける。ヘルメットを脱いで分厚いサイドシルをヨイショとまたぎ、ガルウイングの下に出てきたドライバーの顔は、紛れもなくヨッヘン・マスだった。全身が総毛立つのを感じた。

土砂降り、霧雨、薄曇り。9月の日差しは雲を割ってサーキットを明るく照らし出し、先程までのウェットな路面を一気に乾かしていく。いくらイギリスの天候がコロコロと変わりやすいと知っていても、こんな環境の中でクラシックカーのステアリングを握るのは想像するだけで疲労困憊だ。

2017年のグッドウッド・リバイバル、Day 2の最終レース、フレディ・マーチ・メモリアル・トロフィの決勝は僅かに水溜まりの残るサーキットに美しい夕日がたっぷりと投げかけられるなか、スタートした。

グッドウッドとはつまり、マーチ卿の私有地である。大のモータースポーツ狂として知られた第9代リッチモンド公爵フレデリック・チャールズ・ゴードン=レノックス(フレディ・マーチ)がこのサーキットを作り上げた。1952年から1955年にかけて開催された『グッドウッド9時間耐久レース』には、ジャガーCタイプ、アストンマーチンDB3、オースチン ヒーリー100S、フェラーリ500、マセラティA6GCSといった各国の名だたる名車たちが参加し、そのスピードと耐久性を証明することでセールスに繋げようと必死に争ったのだった。

指先で理解する300SL

その日のポディウムに登ったのはアストンマーチンDB3(52年式)、クーパー ジャガーT33、HWM キャデラックの3台だったが、予選日のパドックから私の心を掴んで離さなかったのは、グッドウッドの土地においてやや異質な、しかしその姿を知らぬものはいないであろうドイツ車、300SLにほかならない。

フロントグリルに走る横一文字のラインとスリーポインテッドスター。ガルウイングのシルバーアローは現代におけるメルセデス・ベンツのマシンにもつながるデザイン的な源流のひとつとして猛烈な存在感を放っている。

世界に冠たるプラスチックモデルメーカー、タミヤも2015年にこの自動車を1/24スケールで製品化しているのだが、このキットがもたらす興奮は一種異様なものがある。

カーモデルと言えば、タイヤやエンジンを取り付けたシャーシにバスタブ状のインテリアを載せ、そこにボディを被せる構成が一般的。完成後に見えない内部構造は省略されてしまうが、手早くスタイリングを楽しむのには適した仕様だ。

しかし、タミヤ製品のなかでも「フルディスプレイモデル」と銘打たれたものはクルマの外観のみならず、内部の精緻な構造を表現することに注力されていて、組む者はみな、そのマシンの「スピードの秘密」に迫ることができる。

何より注目すべきは300SLの最大の特徴であるマルチチューブラースペースフレームの再現だ。トラス状に組み上げられた細い鋼管がクルマの骨格となっているのだが、このプラモデルでは最初のふたつの工程でこれを接着するところから始まる。

繊細で平面的なパーツに絶妙な切り欠きが設けられ、プラスチックの棒が同士がピタリと決まった角度に固定される。最初はフニャフニャと頼りなかったパーツたちが、所定の位置で空中サーカスのように手を取り合うと、実車がそうであるように極めてかっちりとした剛性のある構造体が目の前に出現する。

デファレンシャルやフロントアップライトは標準的なカーモデルとほとんど変わらぬ構成で一度は安心するが、今度はエンジンの組み付けに驚かされる。ごくシンプルな分割だが適切なディテールで再現されたM198エンジンは極めて巨大で、どうすれば薄いボンネットに収まるのか不安なほど。しかしエンジンを左に45度傾けてフレームの空隙に滑り込ませると、驚異的な前面投影面積のコントロールによってこのクルマの外観が決定されていることが直感的に理解できるのだ。

フューエルタンク、バルクヘッド、ラジエターといったパーツを組み込んでなお、そこにインテリアを乗せる工程はいっこうに訪れない。これまで組んできたカーモデルの常識が通用しない危険な夜間走行のような緊張感で最終コーナーを立ち上がると、まるで『ブレードランナー』に登場するポリス・スピナーのような形状の内装パーツをボディ側にはめ込んでから、ボディ(人間用のスペース)とシャーシ(機械用のスペース)が合体するというゴールが待っている。

そして、この構造を体感したあなたは深く理解するのだ。もし300SLに普通のクルマのような横開きのドアを取り付けても、下半分は鋼管フレームに邪魔されてまったく機能しないということを。時代を超えて数多くの人を惹きつけてきたガルウイングは、つまり鋼管フレームを人間がまたいで乗り降りするための選択なのだ。

私はこのプラモデルの構造(つまりそれは実車の構造だ)がたいそう気に入ってしまい、結局ボディとシャーシをいつでも付け外し出来る状態で何年も手元においている。折に触れてシャーシをつまみ上げては見た目とは裏腹なかっちりとした剛性感に酔い、分厚いサイドシルやヘッドライトより低く抑えられたボンネットのラインに瞠目する。

あまりにも有名な300SLだから、その奇跡的なスタイリングとその要因は幾度となく語られてきた。しかし、ひとたびタミヤのプラモデルを組みさえすれば、あなたはその秘密を指先からじかに感じ取ることができるのだ。

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