STORY

ヒマラヤの麓、道なき道を駆け抜けろ! 「モト・ヒマラヤ 2022」#03

田中 誠司 ロイヤルエンフィールド・ヒマラヤ 2022.09.15

世界で最も高い峠に挑む

7日間で合計1000kmを走るモト・ヒマラヤ。初日の脚慣らしを終えたメンバーの旅路は、大きくふたつのパートに分けられる。前半は中国との国境にあるヒマラヤ山脈最大の湖であるパンゴン湖まで、2つのキャンプ場を中継して目指すコース。後半はその美しさで知られるモリリ湖およびカール湖を目指すコースだ。レー市街のベースホテルを拠点に、キャンプ場で2泊するふたつのツアーが連続することになる。

2日目はいきなり大きなチャレンジからスタートした。レーから30kmほどの距離にある、世界の公道で最も標高が高い地点とされる「カルドゥン峠(カルドゥン・ラ)」を目指すのだ。

朝のごった返したレーの町を抜け出すところから今日の冒険は始まった。片側1車線半しかない細い道は交互通行で、大きな交差点にも信号はなくラウンドアバウトになっている。ホテルから走り出そうとしてすぐ、対向車線から突然目の前にクルマが割り込んできた。人の進路を邪魔してでもそこに路上駐車したいらしい。0.5秒でもこちらが注意を逸らしたら正面衝突。ちょっと日本では考えられない行為だ。

窓を開けてドライバーが何か言ってきたので、負けじと日本語で「何やってんだこの野郎!」と怒鳴ってみた。その都度、その場にストレスを置いていかないと、こういうところでは生きていけない気がする。

photo: 河野正士 市街地から離れるに従い、ガードレールの数は少なくなり景色は良くなるが、路面逸脱のリスクは圧倒的に高まる。(左)本格的なツアースタートに備えて皆で円陣を組む。(右)神様が上から細かな砂をふりかけたまま固まったような丘にはたびたび遭遇する。

忍び寄る高山病

街を離れ、峠道を登り始めると次第にガードレールが少なくなってきて、刺々しい山々を見下ろすことができる。ここでも追い抜き・追い抜かれは重要なトピックだ。昨日、筆者に汚水をぶっかけたのと同じ車種のフォードが、我々バイク部隊が20台ほど連なって走っているところに、わざわざノーズを差し込んで突入してくる。抜き返したくなるところだが、集団行動だから我慢、ガマン。

標高5,000mを超えたところにある最初の展望スポットは多数のクルマと観光客で賑わっていた。ここから引き返す人が多いのは、これから先ほとんどの道が未舗装路になるからだ。

photo: 河野正士 展望スポットで一時集合。

いよいよ来たか、オフロード。しかしロイヤルエンフィールド・ヒマラヤの足回りはハードすぎずソフトすぎず、スピードさえ適切ならば、さまざまのギャップをうまくいなしてくれて快適に走ることができる。

徐々にペースが上がって、周りの人々と同じペースを保って走るようになってきた。ぬかるんだ道、舗装に穴の開いた道、石が転がる道。自在に走れる道路が徐々に増えていくのが楽しい。次第に着座とスタンディングのポジションを瞬時に切り替えることもできるようになって、人馬一体感を味わえた。

そうこうするうちに世界で最も高い峠であるカルドゥン・ラが近づいてきた。ここで一息入れられると思って緊張が緩んだのか、手の痺れと若干のめまいが襲ってきた。我々がバイクを停めた道路沿いはすぐにでも雨が降りそうな曇り空だったが、眼下には隙間から覗く太陽に照らされた川と、一部が万年雪に覆われた山々が輝く光景が広がっていた。少し登ったところにある「標高5,359m、世界で最も標高の高い公道」を示す石碑を前に記念写真、というのが定番らしかったけれども、どうやら高山病が始まってしまったので、少しでも体を回復させなければならない。休憩時間はずっとその景色を眺めていた。

photo: 河野正士(右・左) カルドゥン・ラでの景色。赤いジャケットのケニー佐川さんは元気一杯だ。

下り坂もダートが続いたが、前を走るケニー佐川さんを夢中になって追いかけるうち、気がついたらランチ・ストップを迎えていた。隊列の中とはいえ、著名なモーターサイクル・ジャーナリストに付いて走れるのはとても勉強になり、また記念にもなった。上手い人にくっついて真似をするのは何かを学ぶときの基本である。

ダートを走る間は膝を使って衝撃を逃すため、ほとんどスタンディングのままだった。この峠道には観光客を載せたミニバンも多数走っていたが、車酔いしやすい人が乗るのはとても無理で、むしろバイクのほうが楽であるように思う。

photo: 河野正士 曲がりくねっているが一本道。ほとんど分かれ道がないのがこの地域の道路の特徴。(右・左)ランチストップで羽を休める。

砂漠地帯で初転倒!

峠道を下ってラダック地方では歴史的なヌブラ渓谷へ降り、今日の日程も終わりかけたころ、佐川さんの後を追いかけて1.5車線幅の道を走っていると、向こうから四角い緑色の軍用車が連なる群れが近づいてきた。

レーからパンゴン湖へ向かうことは、中国との国境へ近づくことを意味する。この地域の道路はBRO(Border Road Organization)という、国境地域を管理するインド軍により管理されている。ダートが多く道幅も狭いとはいえ、彼らのおかげでここ数年でずいぶん舗装が進んだのだ、と先導するロイヤルエンフィールド・スタッフのアジェは教えてくれた。

それら軍用車はかなり幅が広く、接触の危険を感じた筆者は舗装路から押し出されるように路肩へ逃げた。ヌブラの周辺は一部が砂漠化しており、逃げた先はちょうど深い砂場のようになっていた。ギアを落としてトラクションを強くかけて切り抜けようと思ったが、さらさらの砂が足元をすくう威力は予想以上で、あっという間にスピードを失ってその場で転倒を喫してしまった。

ヌブラ渓谷はこのあたりでは珍しく緑に覆われている。(左)高さ32mの弥勒菩薩像。この地域のアイコンらしい。(右)砂場遊びをした筆者のバイクは砂で汚れている。

佐川先生いわく、「そういうときは体重を後ろに移してフロントが埋まるのを避け、リアにトラクションがかかるようにする」とのことだが、こちらはオフロード初心者だから為す術もない。向こうから来た軍用車も悪いと思ったのか、すぐにドライバーが降りてきてバイクを引き起こすのを手伝ってくれた。足場の悪い砂地で、ひとりで頑張らなくて済んだのは助かった。幸い、バイクにもライダーにも影響はなかった。

ヌブラのランドマーク、高さ32mの弥勒菩薩像にお参りしたあと、本日のゴールであるキャンプ場、アップル・コテージにたどり着いた。ラダックでは比較的標高が低いヌブラ、とはいえ3,300mは超えているのだが、ここは緑が豊かで花が咲き乱れる庭にはところどころハンモックが吊るしてある。思えばここが今回のツアーで一番穏やかな場所だったかもしれない。期せずしてWi-Fiもつながったので、そのハンモックの上でネットサーフィン。揺れながら心地よく過ごしているといつの間にか日は沈み、急な寒さが襲ってきた。

アップル・コテージは心地よく眺めもよい楽園であった。ハンモックで意外とゆっくりしているうちに寒くなったのが翌日の体調に響いたのかもしれない。
キャンプ場から見える山々。無機質な山々に雲と太陽が作り出すコントラストが美しい。

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