INTERVIEW

N響コンサートマスター篠崎史紀が語る 「僕が夢中になったもの」#01

第1回:憧れに誘われて

馬渡 菫 2023.02.28

NHK交響楽団で長年コンサートマスターを務めてきた音楽家・篠崎史紀。
「マロ」の愛称で親しまれ、個人としても「MAROワールド」や「マロオケ」などの活動を通じてクラシック音楽の魅力を広く伝えてきた。華々しい経歴とは裏腹に等身大の“少年”でもあった篠崎氏。そんな彼の原風景に迫った。

第1回は、幼少期から青春時代にかけて篠崎氏を魅了してきたものについて紹介する。

仮面ライダーになろうとした

僕が生まれたのは、ちょうどテレビ局が少年向けの番組をスタートした頃。「ゴジラ」などの特撮に始まり、4歳になると「ウルトラセブン」や「仮面ライダー」が登場しました。そこに広がっていたのは、正義は素晴らしくて悪は醜い、という世界。

中でも特に惹かれたのが「仮面ライダー」でした。仮面ライダーになるためにはバイクに乗らなければならなかったので、まずは自転車を手に入れペダルをせっせと漕ぎ、16歳の誕生日を迎えるとすぐにバイクの免許を取りました。「仮面ライダー」の先にある頂点は“レーサー”だったので、レーサーになりたくて努力しましたね。

レースに熱中したオーストリア時代

16歳頃から日本とヨーロッパを行き来する生活を送り、高校卒業後に単身オーストリアへ渡りました。日本ではすでにバイクと車の免許を取得していたのですが、オーストリアではどうやって免許を取るんだろうと興味を持ってしまい、あえて免許を切り替えずに現地の自動車学校に通うことにしました。

オーストリアはモータースポーツが盛んな国で、リンク(サーキット)もありましたし、F1も開催されていました。オイルの焦げた匂いとかに、もう、たまらなく興奮しましたね。僕自身もコースに出たり試験を受けたりしながら、レースのライセンスを手にしました。

本格的にレースに出るとなると、トップの人たちはスポンサーからクルマやメカニックが提供されましたが、そうではない人はクルマを持ち込まなければなりませんでした。だから僕も、自分のクルマで出場していましたよ。ケーファー(ビートル)をはじめワーゲンを乗り継いで、デビューレースを飾ったのは、BMW 2002ti。当時BMWは、僕にとって憧れの存在だったんです。なぜなら、セダンなのにセダンじゃないものを作ってしまったメーカーだから。「羊の皮を被った狼」と言われていましたよね。

篠崎氏がレースに出場していた「エステルライヒリンク」は、1997年の改修を経て「A1リンク」へとその名を変え、現在は「レッドブル・リンク」という名称で、F1オーストリアGPの舞台となっている。

ただ、僕が乗っていたBMWは扉も満足に開かないような中古車だったので、チューニングなどはすべて自分で行わなければなりませんでした。高い部品はなかなか買えませんでしたが、幸いにも現地では日本よりも安く調達できましたし、廃品回収の山からまだ使える中古部品を探したりもしました。よく友達のガレージを借りて、クルマに詳しい友達に助けてもらいながらせっせと組み立てていましたね。

クルマをバラすのは簡単でしたが、組み立てるのはとても難しかった……そして組み立てた後に、エンジンがかかるかどうか……。4輪のサスペンションが同じ時期のもので揃わなかったりと、継ぎ接ぎだらけのクルマでしたが、それはそれで楽しかったです。

結局本格的なレーサーにはなりませんでしたが、バイクのエンジンをバラしたり、部品を磨いて性能を上げていったり、そういうものに憧れて過ごしていた時代でした。

最近のクルマはボンネットフードをあけると蓋がしてありますし、不具合が出てもどこが悪いのかよくわかりません。でもそれって、きっとクルマが進歩した証ですよね。以前は、エンジンやキャブレターの形やブレーキのメーカーに凝った時期もありましたが、最近ではあまりこだわらなくなりました。今はコンピュータが全て制御してくれるので、どのクルマに乗っても同じに感じられます。

(左)オーストリア時代、愛車BMW 2002ti(1976年製)とともに。当時BMWは、一見普通の見た目のセダンでありながらパワフルな性能を搭載したモデルを発表。そのルックスと仕様のギャップから「羊の皮を被った狼」と評された。(右)ポルシェ550スパイダーとの記念写真も残されている。

車の中では音楽を聞かない

僕は九州の田舎育ちなのですが、上京した時にまず驚いたのが満員電車。新宿駅で、およそ1時間半電車に乗れずに固まっていました。満員電車から人がドッと下りてくる。空っぽになった電車にホームにいた人がワッと乗る。駅員さんたちが一生懸命、電車の中に人を押しこんでいく。ホームは一瞬だけガランとするけれど、気づくといつの間にか人が溢れている。この光景がなんだかオカルトに感じられてしまって……。しかもヴァイオリンを抱えていたので、都内は車で移動するようにしています。

今乗っているのは、スバルWRXのマニュアル。昔とあるメーカーの4WD車を試乗したらアンダーステアがすごく強く扱いづらくて、それ以来4WD車を敬遠していたんです。でも、たまたまこのスバルの4WD車に乗ってみたらすごく良かった。最近はオートマの方が速いので、あえてマニュアルを選ぶ必要はなかったのですが、マニュアルに乗るとクルマを自分の手で動かしているような感覚がありますよね。

現在の愛車、スバルのWRX。アクセントとして赤いアンダーラインが効いている。

クルマって、自分の気持ちを反映してくれる存在だと思います。パワーのあるクルマを運転していると、まるで自分自身が物凄いパワーを手に入れたような錯覚を起こしてしまうのですが、実際はそのパワーをうまく使いこなさなければならない。だから、クルマのパワーといかに上手に付き合っていくかというアプローチが、自分にとってはすごく大切で心地よく感じられるんです。

クルマの中では、音楽は聞かずにエンジン音を楽しむことにしています。エンジン音ってクルマが動いている証なので、まるで心臓の音を聞いているような感覚になりますね。

きっと今の時代は、電気自動車に乗らなければならないのでしょうが、僕は、あの音がしない車が怖くて怖くて……。一度レンタカーで借りたことがあるのですが、クルマの中でブーンって言いながら乗っていました(笑)。電気自動車を乗りこなすには、もう少し時間がかかるかもしれません。

<つづく>

1月15日、N響第1コンサートマスターとしてのラストコンサートを迎えた篠崎氏。終演後、ゲスト・アシスタント・コンサートマスターの郷古廉氏より真っ赤なバラの花束が贈られ、会場は暖かい拍手に包まれた。

篠崎史紀 プロフィール
北九州市出身。3歳より父篠崎永育よりヴァイオリンの指導を受け、1981年ウィーン市立音楽院に入学。88年帰国後、群馬交響楽団、読売日本交響楽団を経て、97年よりNHK交響楽団のコンサートマスターとして活躍。今年1月、定年のため第1コンサートマスターを退任。4月より特別コンサートマスターに就任予定。現在は昭和音楽大学、桐朋学園大学にて教鞭をとる。WHO国際医学アカデミー・ライフハーモニーサイエンス評議会議員。
https://maro.shinozaki-vn.com/

イベント情報
「歩夢室内楽シリーズ」
2023年3月8日(水)18:00開演
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「アクリエひめじオープニングシリーズ YAMATO meets Classics
宮川泰×羽田健太郎 二人の宇宙戦艦ヤマト」
2023年3月12日(日)15:00開演
アクリエひめじ 大ホール

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