伝統と革新、3都市での大攻防戦
J.ハイド 2025.08.03フォーミュラEの今シーズンは先日のロンドン大会で終了した。そして7月中旬に開催されたベルリンでの2戦目、14ラウンドでニッサンのオリバー・ローランド選手がシーズン11でのワールドチャンピオンを決めた。ここに至るまで、5月から6月初頭にはモナコ、東京、そして上海の3大会が集中した。1大会あたり2レースのダブルヘッダーと称される計6レース、その結果が大きく影響したと言える。その模様を3つの開催地の違いを交えながら本誌の写真家、J.ハイドがレポートする
王国の美しきレース

モナコに訪れたのは2018年の5月のF1以来なので、もう7年が経過した事になる。
この間には全世界でパンデミックがあった訳だが先進国ではスマートフォン、そして高速回線を前提としたアプリが生活の隅々にまで入り込んだ。
モナコの例で言えば、ホテル代が超高額なためニースなどの近郊に宿泊するのが常だが、7年前は電車の切符を買うのにかなり手間取った記憶がある。今ではアプリで航空券から宿泊はおろかローカルの鉄道料金まで支払い出来てしまう。
さて前回の報告からマイアミ開催を経てのレースである。連載上は全16戦のうちまだ5戦のみ終了という状況だが、この5月から6月初頭の6戦の後は一気で後半戦に突入する。モナコはその最初の大事な2レースという位置付けだ。
1周3.318kmのコースレイアウトはF1と全く同様とされる。一方でフォーミュラEのマシンはF1よりも小ぶりであり、加減速に優る。このモナコでは、F1とは違い抜きつ抜かれつのレース展開になるという。実際に2024年の開催では、1レース30周にもかかわらず、合計190回以上のオーバーテイクが記録された。
3日朝に開催されたフリープラクティス1(以下FP1)では、大きなトラブルはない中で、新進気鋭のクプラ・キロ・レーシングチームのダン・ティクトムがトップに立った。ここまで好調であった日産は7位と8位、そして同じパワーユニットを搭載するマクラーレンは13位と19位と芳しくない状態であった。


しかし予選に関しては、不調だったはずの日産とマクラーレンが最終的に一騎打ちとなる。マクラーレンの21歳、ルーキーイヤーのテイラー・バーナードが、師匠ともいえるニッサンのオリバー・ローランドを制して、ジェッダに次いでポールポジションを獲得した。またFP1トップのダニエル・ティクトゥムは予選3位につけた。
しかし、決勝ではレース運びを巧みにコントロールしたオリバー・ローランドが優勝を飾り、ダニエル・ティクトゥムは7位に、そしてテイラー・バーナードは16位に沈むことになる。
少ない周回数だがオーバーテイクが可能なコースであることを反映して、2位にはニック・デ・フリース、3位にはジェイク・デニスとワールドチャンピオン経験者が上位を占める結果となった。


続く4日、早朝はかなりの雨となりFP3の開催が危ぶまれたが、やや遅れた形で 小雨混じりの中、スタートした。フォーミュラEはウエットタイヤの設定はなく、全天候型であることからドライと共通のタイヤが使用される。そのタイヤの水捌けが良いのだろうか、小雨から雨上がりの状況では盛大な水飛沫が上がる。
予選までは時には強く降ることもあったが、結果的には昨日、表彰台に立ったオリバー・ローランドとニック・デ・フリースがフロントローに並んだ。
そして決勝、オリバー・ローランドは2位を保ったものの、2015年、2017年にモナコを制したベテランのセバスチャン・ブエミがトップに立ち、見事に3度目のモナコマイスターとなった。
日曜日のポディウムには毎年F1で華麗な姿を見せるモナコ公妃も参列し、勝者のブエミにトロフィーを授与していた。またF1ほどの驚異的な盛り上がりには至らないものの、スタンドはほぼ満員。スタート前のグリッドには多くのセレブやレース関係者も来ていたようだ。
有名なトンネルの中を光り輝きながら疾走し、ローズヘアピンも力強く立ち上がるマシン。モナコの歴史ある街並みの中を旅客機のタービンのような音を纏って駆け抜けるその美しさは、他の会場では見られないものであった。



東京でも初のダブルヘッダー

モナコの興奮も冷めやらないまま、2週間後は東京開催である。この時点でオリバー・ローランドはポイントでかなり優位に立っていたが、まだ独走体制には届いていないという状況でレースに臨んだ。
有明ビッグサイト周辺の特設サーキットは「東京ストリートサーキット」と命名され、1周2.585kmとモナコよリもやや短い。昨年見られた、車が跳ね上がってしまう第2コーナーから第3コーナーへのバンピーな部分は改修されたが、かなりの下り勾配に変わりはないと言える。
また、同じく国際展示場を会場とするロンドンと決定的に違う点が1つある。それは、室内走行の有無である。ロンドンのエクセルセンター展示場では、室内にグランドスタンドやピットレーン、そしてパドックがあるので、音や匂いも他では味わえない独特の世界がある。強烈なLEDライトに照らされたフォーミュラEの美しさも格別だ。
東京では、残念ながら屋外に全てのコースが設置されており、そこまでの個性はない。一方でファンビレッジが屋内に設置されているため、レースに向けてのさまざまなイベントが快適な環境で味わえる。


そしてレース終了後には、有明はもとよりお台場周辺でも食事やショッピングが楽しめるという良さもある。「たどり着く」以上に「帰りの渋滞」が苦痛となる国内の他のサーキットでは味わえない、市街地レースならではのカジュアルさだ。
さて初日は雨と強風で予選は中止され、FP2の結果で決勝グリッドが決まった。ポールポジションを獲得した、ニッサンのオリバー・ローランドの優勝に、日本人としては否応なしに期待をかけることになった。
そして同じくニッサンのノーマン・ナトー選手が3位に、マクラーレン若手のテイラー・バーナードが4位という結果だ。
決勝も少し小降りになったとはいえ、依然雨のレースとなり相当荒れることが想定された。そして終わってみればオリバー・ローランドは2位、テイラー・バーナードは3位という結果に。
そんな中、予選16位から1位を獲得したのはマセラティMSGレーシングのストフェル・バンドーンだった。ドライバーは違うものの、マセラティは昨年に続き東京大会で優勝を飾ることになった。
ストフェル・バンドーンは以前、F1でマクラーレン・ホンダをドライブ、21/22年のフォーミュラEでもワールドチャンピオンになっている。雨の中、これまでのレーシングドライバーとしての経験と真価が発揮されたといえよう。

続く2日目は、晴れ。予選を制したのはまたしてもニッサンのオリバー・ローランド、そして2位には調子を上げてきたクプラ・キロのダニエル・ティクトゥムが続いた。
そして決勝は、ついに日本のレースでオリバー・ローランドが優勝を飾ることとなる。2位には前シーズンのワールドチャンピオン、パスカル・ウェーレインが続き、3位にはポールをオリバーと争ったダニエル・ティクトゥムという結果になった。
会場では「君が代」が東京で開催されたモータースポーツで初めて演奏された。終始レースをチーム監督の横で見続けたイヴァン・エスピノーサ新社長をはじめ、ニッサンの応援団は感無量だったことだろう。

上海、静かなる戦い
そしてダブルヘッダー3大会の最後は上海である。ビザ緩和の影響もあってか上海の街には日本人観光客がだいぶ増えたように感じられた。
海外旅行先の中でも、物価が日本とあまり変わらないためだろうか、一説によればゴールデンウィーク中の日本人観光客は昨年比で2.6倍とも報じられている。
EV比率が上がっているせいか、上海を訪れると街が非常に静かに感じられる。特に4輪ではなく、スクーター程度の2輪も全て電動化されているのが街中の騒音を全体的に下げるのに効いているようだ。
上海では、モナコや東京のような市街地レースと違い、F1と同じく国際サーキットで行われた。サーキット名が駅名になるほど中心街からアクセス良好なのが、伸長著しい上海の特徴だ。
実際にはショートレイアウトとされ1周は3.051km。しかし長いホームストレートを走るスピード感や会場に響く空気を切り裂くような音は、やはり専用サーキットならでは、と感じられる。
初日は、今シーズン、サウジアラビアでの勝ち星が唯一だったDS・ペンスキーのマクシミリアン・ギュンターが優勝。そして2位にはジャン・エリック・ベルニュと同チームがワンツーでフィニッシュ。
表彰台では、DS・ペンスキーのチーム関係者も交えた歓喜のシャンパンファイトが非常に印象的であった。そして3位にはマクラーレンのテイラー・バーナードという結果になった。優勝はまだないものの、テイラー・バーナードはデビューイヤーながらもはや表彰台の常連とも言える存在だ。


上海の2日目はモナコ、東京に続き、またも雨。かなりの雨量でFP3や予選は天候を見ながら開始時刻を調整する対応が続いたが、決勝の時間帯は小降りになり、予定通り開催された。
モナコ、東京でもそうであったように、雨となるとやはり経験豊富なベテラン勢が強く、ジャガー・TCSのニック・キャシデイが優勝。そして昨年のワールドチャンピオン、パスカル・ウェーレインとアントニオ・フェリックス・ダ・コスタが2位、3位とタグ・ホイヤー・ポルシェが久々にその存在感を示す結果となった。


レース後もその余韻を。
こうしてダブルヘッダーで連続開催された3大会6レースをまとめると、いずれも2日間のどちらかは雨に祟られ、ベテラン勢が力を発揮した。そしてそのような混戦の中でも、首位のオリバー・ローランドは着実にポイントを稼いだ。
今シーズン前半は同選手の独走と思われたが、雨の中のベテラン勢の巻き返しによる波乱含みの展開を経て、ジャカルタ、ベルリン、そしてロンドンへと進むことになったのである。
万人が認める伝統のモナコ、世界的大都市の東京、そして21世紀に急速に成長した上海という3つの都市で行われたレースは、それぞれに実に個性的だ。そして都心に近いということから、レース後の余韻に浸ったプランも計画しやすいだろう。市街地、そして中心街からアクセスの良いサーキットで行なわれるフォーミュラE。その楽しみ方はサーキットの中だけではないのである。

