STORY

Start from Scratch #09

THE ART OF THE MOTORCYCLE展

高梨 廣孝 2023.03.30

今回は、趣をかえて

19世紀末に生まれたモーターサイクルを、デザインとエンジニアリングの見地から系統的にピックアップした展覧会『THE ART OF THE MOTORCYCLES』は、道具を創作物として捉えてアートと紹介した画期的なものだった。それまで、工業製品に着目して開催された展覧会はなかった。インダストリアルデザインに関わる一人として、この展覧会は、デザイナーの仕事に、アートという新しい価値を与えてくれた喜ばしい「事件」だった。今回は趣を変えて、この展覧会を紐解いていきたい。

インダストリアル・デザインをアートとして捉えた

1998年6月26日から9月20まで、およそ3か月に亘ってニューヨークのグッゲンハイムミュージアムにおいて『THE ART OF THE MOTORCYCLE』と銘打った画期的な展覧会が開催された。絵画や彫刻のみを芸術と見なす前時代的な感覚を打破しようと、近現代美術を収集、保存、研究をするソロモン・R・グッゲンハイム財団のディレクターであるトーマス・クレンスのリーダーシップによるものだ。

現代芸術を率先して取り込んできたアメリカの美術館が20世紀末に当たり、さらに1歩進んでチャレンジした大きな事件と言っても過言ではない。この決断は多くの人の共感を呼んだが、一部の美術評論家、マスメディアから強い批判を浴びた。その主な理由は、公的機関である美術館がポピュリズムの道を歩むという批判、そしてBMWという私企業からの資金援助を受けて実現したことによるものであった。

しかし、モーターサイクルを単なる商品として捉えたのではなく、アートとして文化と歴史に価値を置き、それをもとにして未来を構築して行くという明確なコンセプトを持って企画されたので、大勢の評価は好意的であった。この展覧会には、普段美術館には足を向けないような人たちが毎日4000人以上も押しかけ、会期中に30万人の来場者を数えるというグッゲンハイムの歴史の中で最大のイベントとなった。刺青を入れたマッチョな兄ちゃんが、ハーレーの音を轟かせて大挙押しかけ、創成期のインディアンBoard Track Racerの前であたかも名画を眺める如くうっとりとする姿を想像すると、新しい時代の到来を感じずにはいられない。

114台のフルレストア、展示設計、図録…と展覧会への注力は凄まじいもの

展示された114台のモーターサイクルは、いくつかのミュージアムから借り受けたものであり、さながら工場から出荷されたばかりのように完璧にレストアされていた。

そして、この展示設計は、フランク・ゲーリー。最先端のCADである「CATIA」を駆使して、外壁にチタンの薄板を張り巡らし、建築物自体がモニュメントのようなビルバオ・グッゲンハイム美術館を作品にもつ気鋭の建築家の起用だ。

また、446ページの豪華な図録は、スタジオで撮影された美しい写真がふんだんに掲載され、解説文も要領よくまとめられており、「これが美術館の仕事である」という自負を窺える出来栄えだ。単に商品としてのモーターサイクルの紹介にとどまらず、「若者の偶像物」という見地から、映画、文学からアプローチをし、「路上での情熱と興奮を巻き起こす創造物=モーターサイクル」としての姿が紹介されている。この図録は、これまでのどの美術館の図録よりも売れ行きが好調で、25万部以上が印刷されたという。

その誌面は、モデルのヒストリーと特徴でいっぱいだ。

工業製品を芸術の域へ。この提案は、人々に共感を呼び覚ました

この展覧会のコンセプトの「人間の創り出した創造物は、その制作方法の如何を問わず芸術作品として認知しよう」との提案は多くの人の共感を呼び、後の美術界へ影響を与えた。

2005年3月6日~7月3日、ボストン美術館で開催された『CARS FROM THE RALPH LAUREN COLLECTION展』は、Bugatti Type 57SC Atlantic Coupe など珠玉の4輪が多数出品され、大きな反響を呼んだ。この展覧会は、出品された車の質の高さからルーブル美術館にも招致され、2011-2012『L’ART DE L’AUTO MOBILE – MASTERPIECES  FROM THE RALPH LAUREN COLLECTION』として開催された。

こうして、特定の作家ではなく、多くの人々が関わり合ってつくりあげた工業製品にも、スポットを当てた展覧会が世界各地の美術館で開催されるようになったのだ。

『THE ART OF THE MOTORCYCLE展』を知り得たのは、佐藤充弥氏から

私が『THE ART OF THE MOTORCYCLE展』の開催を知ったのは2006年のことであるから、ずっと後のことである。もともとモーターサイクルマニアでもないし、モーターサイクルを所有したのは若い頃に一度あっただけなので、モーターサイクルに関する知識は全くの素人と言ってよい。たまたまスクラッチモデルの制作を思い立った時、露出したメカニズムの魅力に魅かれてモーターサイクルを選んだだけである。しかし、制作のためにモーターサイクルの資料を集めようと思うと、日本は欧米に比べてモーターサイクルのミュージアムが極めて貧弱である。加えて、1990年代のバブル崩壊とともにその数少ないミュージアムも閉鎖に追い込まれ、コレクションはオークションにかけられ海外へと散逸してしまった。

ヴィンテージモーターサイクルを制作しようと思うと、個人オーナーを探し出して資料を集めなければならないことを知る。ところが、個人オーナーを探し出す情報をどこから入手するのか、これが問題である。考えあぐねた末、大学1年先輩でホンダのデザイナー佐藤允弥氏(CB 400 FOURのデザイナー)を訪ねて教えを乞うことを思いついた。古いモーターサイクルは当然年数も経っているので故障もする。部品の調達もすでにメーカーが無かったりして困難であり、困った個人オーナーはメーカーの下請け工場で部品製作を依頼してもらおうと頼ってくることが多いという。そんな訳で、佐藤氏はヴィンテージモーターサイクルの個人オーナーの情報に精通していた。

佐藤氏の自宅を訪問した時、仕事柄本棚にはモーターサイクルの夥しい数の書籍が並んでいた。その中にひと際大判な『THE ART OF THE MOTORCYCLE展』の図録を発見したのである。開いてみて驚いた。美しい写真に加えて、今まで見たこともなかった不思議なモーターサイクルが多数収録されているのだから。

そうだこの図録を購入して、これから制作するスクラッチモデルの機種選びの手引書にしようと思い立った。AMAZONで検索してみると、新品も中古本も即座に購入できることが判明した。

モーターサイクルが若者文化に欠かせないアイテムとして紹介されている。

そして、創作意欲がかきたてられる

写真を見ているだけでも楽しいこの図録に、首ったけになった。いつかサイドカーも作ってみたいと秘かに思っていたが、図録の中に木製のサイドカーが付いたボーマーランド(B ö hmerland)というチェコスロバキア生まれの極めてユニークなモーターサイクルが掲載されているではないか。このモーターサイクルについて解説書には「ネラカー(Ner-A-Car)とメゴラ(Megola)とともに、史上型破りなマシーン」との説明が付いている。よし、モーターサイクル史上ユニークな車と言われるこの3台を作ってみようと決心した。

木製のサイドカーを持つボーマーランド。
4輪の特徴をもつネラカー。
インホールに星型エンジン、前輪を駆動するメゴラ。

次回は、この図録から創作意欲をかきたてられた型破りなモーターサイクルをスクラッチモデルで紹介していこう。

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