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栄光の市街地レース、その悦楽と期待

J.ハイド 2024.11.24

非日常が、加速する

モナコを例外として公式なサーキットで行われるのが当たり前だったフォーミュラカーのレースが、近年はフォーミュラEをきっかけに、F1でも市街地開催が目立つようになった。2024年のシーズンでいえば、F1では5戦(オーストラリアやマイアミも一部は公道なので、それらを入れると7戦)、フォーミュラEに至っては2レース行われるサーキットもあるため6カ国9戦にも達する。それら最高峰のフォーミュラ市街地レースならではの魅力を、本年からモータースポーツの撮影を本格化させ、ロンドンのフォーミュラEおよびシンガポールのF1を取材したJ.ハイドがレポートする。

photo: J.ハイド 2018年、モナコGPでマルティーニ・カラーを纏ったウイリアムズの2台をローズヘアピンの出口で捉えた。2014年に復活した往年のマルティーニ・カラーはこの年で終焉を迎えた。

市街地レースといえば、真っ先に伝統のF1モナコグランプリが上げられよう。テレビでは豪華なヨットや客船、名物のトンネルなどの印象から、あまり高低差がないように感じるだろう。

しかし実際に行ってみると、コース幅が狭いことはもちろん、思いの外のアップダウンに驚かされる。筆者が訪れたのは2018年だが、普通の家やファーストフード店のすぐ横を、猛スピードで走り抜けていくF1マシンに唖然とした。

伝統のモナコは別格として、FIAの主催するレースの中では、世界ラリー選手権(WRC)は以前から公道を主戦場としている。また、公式にスタートして10シーズンを経過したフォーミュラEは、WRC以上に市街地での開催を積極的に行っている。

言うまでもなく、市街地をサーキット化するためには、普段の交通網の遮断や安全面でのさまざまな工事を要する。そこに莫大な費用や手続きを要することから、集客や経済効果もそれに見合ったものでなければならない事は容易に想定される。

そのためには観客側にも大きな分かりやすいメリットがあり、アクセスの良さから確実な集客が見込めることが、まずは基本条件となるであろう。そういった意味でF1に関してはこの数年の世界的な盛り上がりから、今後も市街地レースが増える事は十分に期待できそうだ。

市街地レースが増えた最大の理由は、何より安全になったことだと思われる。F1について言えばレース中の給油作業が行われなくなり、そこでの引火事故がまず無くなった。

今でも大きなクラッシュは年に数回見られるが、それが大きな引火爆発に至ったのは2020年11月にバーレーンGPで起きたものが記憶に新しいぐらいだ。業火の中からドライバーのロマン・グロージャンが軽傷で生還した事で、数十年にわたり改善を重ねてきた安全対策の成果だと評価された。

フォーミュラEに至っては開始から10年間にわたり、レース中の火災は記録されていない。しかし、2023年秋のプレシーズンテストでガレージのバッテリーから出火し、テストの日程が変更されたケースがある。

完全なEVといえども、自動車用のリチウムイオンバッテリーの火災は消火が難しい場合もあるため予断を許さない。

とはいえ、総じて両レースともに世界の頂点に立つモータースポーツとしてはこの10年間、死亡事故、火災事故が非常に少ないのは特筆すべき事だ。つまり、「安全面でのリスク」と「観客へのメリット=経済的効果」の比較論では、大きく後者に傾いているのもうなずける。

photo: J.ハイド フォーミュラE シーズン10最終戦ではニッサンのオリバー・ローランド選手が優勝を飾った。ゴールの花火とともに本レース2位のパスカル・ウェーレイン選手が、ワールドチャンピオンになったことがすぐ上のデイスプレイに瞬時に表示された。

異次元を感じたフォーミュラE ロンドン最終戦

ロンドンを本拠地としたフォーミュラEシーズン10の最終戦2レースは、それまで取材した東京や上海と比べて大いなる盛り上がりを見せた。コースはロンドン郊外のエクセル展示センターの内部からスタートし、周辺道路も含めて再び展示センター内部に戻る2.09kmとなる。

全て屋外であったフォーミュラE東京大会や、国際サーキットで開催された上海と異なり、ロンドンにおける室内でのレースの迫力は音も光も、そして香りさえも癖になるほど独特だった

具体的にいえば、上海で体験したジェット機が離陸するような風切り音はなりをひそめ、代わりにモーターの駆動音、そしてタイヤのスキール音が場内で複雑に反響して聞こえてくる。タイヤに厳しいと同時に屋内であるからだろうか、レース中はタイヤカスが発するゴムの匂いも強烈だ。

そして何より、マシンに近く低い位置から照らされるLEDをはじめとした強烈な室内光に、車体はキラキラと光り輝く。人工的な光が織りなすビジュアルは、それまでのモータースポーツとは、また一線を画した美しさだと言えよう。

photo: J.ハイド 室内レースならではの美しいLED照明に照らされながら、フロントタイヤを浮かせて厳しいコーナーを攻めるマシン。背景も含めてドラマチックな姿を捉えられた。

ゴールの花火や表彰式の紙吹雪の演出も、天候に左右されない室内レース故に可能であるし、プレイベントやレース実況、表彰式を中継する巨大モニターも随所に設置されている。つまり、会場規模は本格的なサーキットに比べて小さいにも関わらず、ショーアップという点では、これ迄に無いモータースポーツの新しい姿だと言える。

そのロンドンの最終戦で、ニッサンチームのオリバー・ローランド選手が優勝した。表彰台の背景のLEDに、ニッサンのロゴがディスプレイされ、紙吹雪が舞う中で「君が代」が流れたのは、日本人として感慨深いものであった。

photo: J.ハイド 金網越しとはいえ、数メートル先をF1マシンが爆走するのがシンガポールGPの魅力の一つ。角田裕樹選手の気迫が透けて見えるようだ。

とびきりの観光も楽しめるF1シンガポールGP

それから2カ月後、市街地サーキット、そして歴史的にイギリス色が最も強いであろうF1シンガポールGPに行く機会を得た。こちらはフォーミュラEとは異なり、あくまで一般エリアでの観戦であったが、ここでも市街地サーキット、そしてナイトレースの魅力を思う存分味わうことができた。

シンガポールの面積は、東京23区と同じぐらいと言われている。その中の繁華街はちょうどの日本橋から銀座、新橋周辺ぐらいだろうか? 地下鉄にして数駅にまたがっている程度の印象だ。

カジノで有名なマリーナベイサンズのあるエリアも芝浦ぐらいの距離感、つまり繁華街から1駅で、徒歩でも苦にならないぐらいの近さと言えよう。

そしてシンガポールの市街地コースは、ちょうど汐留から芝浦までに設置されているイメージだ。それゆえフリープラクティス(以下FP)1と2の間、または翌日のFP3と予選の間の数時間に、徒歩でちょっと近くの観光地を楽しむことも可能だ。

実際筆者は、FP1とFP2の間にカクテル「シンガポールスリング」発祥の地とされている、かのラッフルズホテルのバーで一杯を楽しむことができた。レースの合間に歴史的な「夜の観光スポット」を楽しめるのは、数多い市街地サーキットの中でもシンガポールGPならではと言えるだろう。

photo: J.ハイド 夜のラッフルズホテルの中庭は、クラシカルでありながら極めて美しい。

もう一つの発見は、防護網越しとはいえ本気で走るマシンとの距離が非常に近い場所が、サーキット上に観客の動線として点在していることだ。

エンジン音も含めて300km/hのスピードで走るF1マシンを間近で見られるのは、プレスエリア以外ではかなり稀だ。そのエリアに定められた席はないのだが、立ち見や撮影はほぼ自由だと言って良いだろう。

そして、日が暮れた後の観覧車の夜景や予選と決勝終了後のナイトウォークも、昼のレースでは考えられないぐらいに快適に味わい、その日のうちに宿泊先に戻ることができるのである。

これも鈴鹿など郊外にある多くのサーキットなら駐車場で車中泊を覚悟しなければならず、快適に過ごすにはキャンピングカーが必要になるわけだ。

今回体験したように、もともと観光地として非常に魅力的なシンガポールでF1が開催されることで、レースそのものがさらに楽しめると感じた。2008年に初開催されて以来、まだ歴史は浅いが、その悦楽のポテンシャルはモナコと双璧とも言えよう。

photo: J.ハイド 昼間も伝統を感じさせるラッフルズホテルのエントランスには、F1グランプリ期間中のためかレーシーな高級車が並んでいた。

モータースポーツブームの新たな起爆剤

2025年にはAppleが制作する映画「F1」が世界公開される。日本人がチーム代表を務めるハースにトヨタGRがスポンサードするというニュースも、再び日本でのF1ブームの再来を予感させる。

しかしF1が日本の市街地で開催される事は、多くの常設サーキットを擁する中で、やや現実離れしているように思われる。それ故に今年5月のフォーミュラ E東京開催の実現は、エポックメイキングな出来事であった。

その結果を踏まえ、2025年にも5月に有明で2レースが開催されることとなる。

何よりフォーミュラEには、日本企業として本年12月から始まる第11シーズンからヤマハが往年のモータースポーツチーム、ローラとともに参戦。2026年にはタイヤがブリヂストンのワンメイクとなる事が決定している。

また、将来的なBEVへの移行はもちろん、SDGs的な観点からもフォーミュラEは目が離せない。11月にスペインで開催されたプレシーズンテストの最終日に、女性ドライバーを全チームが起用するなどは、新たな試みだろう。新生ローラ・ヤマハABTのマシンを駆る日本の小山美姫選手が、地の利のある欧州の女性ドライバーと競い合い、4位のタイムを叩き出したことも話題となった。

photo: J.ハイド ブルーイエローが鮮烈な印象を与えるローラ・ヤマハABTのマシン。初めてドライブする小山美姫選手は、ステアリングの重さに不安を訴えていたが、実際には見事な走りを見せた。

そのような背景を考えると、次回のフォーミュラE東京E-prixがモータースポーツの新たな起爆剤になるかは、「クルマ」が課題とする新しい世代をキャッチアップできるかの、大いなる試金石になるのではないだろうか?

ロンドンとシンガポール、似て非なる二つのフォーミュラー国際レースを体感して、そのような期待を感じずにはいられなかったのである。

photo: J.ハイド 表彰式で舞った紙吹雪をタイヤに纏ったまま、ポディウムから帰還するニッサンのマシン。シリーズ最終戦ならではのシーンである。

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