INTERVIEW

N響コンサートマスター篠崎史紀が語る 「僕が夢中になったもの」#03

第3回:改めて、ヴァイオリンについて

馬渡 菫 2023.05.12

NHK交響楽団で長年コンサートマスターを務めてきた音楽家・篠崎史紀。
「マロ」の愛称で親しまれ、個人としても「MAROワールド」や「マロオケ」などの活動を通じてクラシック音楽の魅力を広く伝えてきた。華々しい経歴とは裏腹に等身大の“少年”でもあった篠崎氏。そんな彼の原風景に迫った。

長年クラシック音楽界のトップとして走り抜けてきた、篠崎氏。もう一度人生を歩めるとしたら、どのような人生を選ぶのだろうか?

生まれ変わったら

今年還暦を迎えました。もう1つ人生を歩めるとしたら……僕は、同じ人生を選ばないかもしれません。幼い頃は、仮面ライダーやウルトラセブンになりたかったし、ウルトラ警備隊に入りたかった。時代が時代でしたから、当時の男の子たちは皆、あの世界観に憧れていましたね。今のこの時代に0歳に戻るというのはなかなか想像がつきませんが、僕が生まれた1963年に戻って0歳から全く別の人生を歩めるとしたら……宇宙飛行士になってみたいですね。

もしかすると、数十年後には普通の人でも宇宙旅行に行ける日が来るのかもしれませんが、今は特殊な訓練を受けないと宇宙には行けません。映像では見たことがありますが、自分の肉眼では見ることができない遠い遠い世界。宇宙には、想像を超える世界が広がっていて、ひょっとしたら宇宙人に会えるかもしれないから、僕の中ではものすごく興味があります。

ヴァイオリンは生きている

あまり知られていないかもしれませんが、楽器というのは定期的に音を鳴らさないと、虫に喰われたり、劣化したりします。特にヴァイオリンは、放置すると音そのものが出なくなってくる。ピアノも同じく、長い間放置されると音がだんだんと聞こえなくなります。まるで生き物のようにとても不思議な現象ですよね。

良い状態を維持するためには、楽器を“振動”にさらすことが大切です。つまり、常に音を鳴らさなければならない。イタリアのとある美術館では、パガニーニが愛用した「カノン砲(カノーネ)」と呼ばれるヴァイオリンが展示されています。そこでは、必ず決まった時間にヴァイオリンを弾く人が現れて、音色を奏でて、ガラスのショーケースの中に収めるという作業が続けられているんです。そうしないと、ただの飾り物になってしまいますからね。

18世紀後半から19世紀にかけて活躍したイタリアのヴァイオリニスト、パガニーニ。自ら所有していた、グァルネリ・デル・ジェス製作のヴァイオリン「イル・カノーネ」(1743年製)は、彼の死後、ジェノヴァ市に寄贈され、現在はドーリア・パンフィーリ美術館に飾られている。

板前さんが包丁を研ぐように

ヴァイオリンは美術品ではなく、あくまでも“道具”です。だから僕たちは、ヴァイオリンが本来の役割をきちんと果たせるように、メンテナンスをしています。実際、弦や駒の位置などを細かく点検することで、楽器そのものの寿命が変わってきますからね。大事なのは、日々手をかけてあげながらコンディションを確認して、適切な時に適切なメンテナンスを施すこと。例えば、板前さんはよく包丁を研ぎますが、毎日は研ぎませんよね。包丁にとってあまり良くないから。でも、手入れは毎日するわけです。それと同じような感覚ですね。

N響はそのことをよく理解していて、楽器のメンテナンスに対して補助を出してくれるんです。楽器のコンディションの重要性を、きちんとわかってくれている。そのおかげで、演奏する僕たちも、安心した気持ちで楽器を扱うことができるんです。僕たち音楽家は、“音色”をとても大切にしています。ですから、楽器を理想のコンディションで次の世代へ引き継ぐために、日々細心の注意を払いながら、管理しているんです。……と語っていると、なんだか使命感が生まれてきますね(笑)。

普段、練習が行われるN響高輪演奏所にて。斜め後ろに見える背もたれにクッションが付いた椅子が、篠崎氏の定位置。愛用のヴァイオリンは、和柄の美しいケースに収められている。使われなくなった帯をサスティナブルに蘇らせた、世界でたった1つのオリジナルケース。

ヴァイオリンにも性格がある

今愛用しているのは、ある方からお借りしているストラディバリウスです。いわゆる“名器”と呼ばれるヴァイオリンは、これまで何台も弾いてきました。所有する満足感があるのは否めませんが、実際このような楽器と上手く付き合うためには、楽器と向き合って深く対話をしなければなりません。例えば、世の中で“良いクルマ”と言われるクルマでも、雨漏りをしたり日によってエンジンがかからないなど、運転が難しいものもありますよね。ヴァイオリンもそれと同じで、気温や湿度に左右されることもありますし、「今日は機嫌が良くないなぁ」と感じることもあります。

ストラディバリウスって、僕にとってはまるで峰不二子のような存在。気分屋さんで、なかなか一筋縄ではいかない女性です。一方、グァルネリ・デル・ジェスは「肝っ玉母さん」の様に多くの人を受け入れ、おおらかに反応してくれますね。ちなみに今、“女性”で表現してみたのは、ヴァイオリンはドイツ語で“ガイゲ(Geige)”と言うのですが、女性名詞なんです。だから代名詞にすると“彼女”になるんですよ。なんだか不思議ですよね。

《ストラディバリウスの秘密》
多くの人が一度は耳にしたことがあるだろう「ストラディバリウス」。しかし、その実態について知る人は少ないのではないだろうか。
「ストラディバリウス」は、17世紀から18世紀にかけてイタリアで活躍した弦楽器職人アントニオ・ストラディバリと2人の息子が製作した弦楽器を指す。彼らは生涯で1,116挺の弦楽器を手掛け、現在ではおよそ600挺が残存する。中でも一番有名なのはヴァイオリンだが、ヴィオラやチェロ、ギターなども製作されてきた(それらも“ストラディバリウス”と呼ばれる)。数あるヴァイオリンの中でも、ストラディバリウスは音の響き方が特徴的で、大きなホールでも揺らぐことなく、隅にいる人もその音をはっきりと感じ取れると言われる。そして、ストラディバリウスの音色は、科学的に再現することが難しいとされ、その解明にいまだ多くの研究が続けられている。なお、グァルネリ・デル・ジェスはストラディバリの兄弟子で、こちらもストラディバリウスと肩を並べる名器として知られている。

<つづく>

篠崎史紀 プロフィール
北九州市出身。3歳より父篠崎永育よりヴァイオリンの指導を受け、1981年ウィーン市立音楽院に入学。88年帰国後、群馬交響楽団、読売日本交響楽団を経て、97年よりNHK交響楽団のコンサートマスターとして活躍。今年1月、定年のため第1コンサートマスターを退任。4月より特別コンサートマスターに就任。現在は昭和音楽大学、桐朋学園大学にて教鞭をとる。WHO国際医学アカデミー・ライフハーモニーサイエンス評議会議員。
https://maro.shinozaki-vn.com/

◆NHK交響楽団 定期公演スケジュール
「第1983回 定期公演 Aプログラム」
1日目 2023年5月13日(土) 開演6:00pm NHKホール
2日目 2023年5月14日(日) 開演6:00pm NHKホール

「第1984回 定期公演 Cプログラム」
1日目 2023年5月19日(金) 開演7:30pm NHKホール
2日目 2023年5月20日(土) 開演2:00pm NHKホール

「第1985回 定期公演 Bプログラム」
1日目 2023年5月24日(水) 開演7:00pm サントリーホール
2日目 2023年5月25日(木) 開演7:00pm サントリーホール

お問い合わせ
N響ガイド:03-5793-8161(平日:11:00~17:00)
https://www.nhkso.or.jp/

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