STORY

私の一生モノ_001

今どきはアタッシュケースなどダサいと仰る方もいますが。

橋本 誠一 アルミアタッシュケース/リモワ 2022.04.22

1991年、バブル崩壊前の銀座中央通り

まだバブル景気だった1991年、銀座に海外ブランドの直営店も少なく、小さな画材店や画廊も多かった時代。仕事の合間や昼休みに、松坂屋に入っていたモノショップやソニープラザ、画材屋などを覗くのが好きだった。

デパートに並ぶ高級品は当時20代の若い自分には不釣り合いだし興味もない。デザイナーのくせに「デザインより機能」というポリシーは当時すでに確立していた。

そんなある日、銀座中央通り沿い「コスモ天地堂」の店の奥に見慣れないアルミ製のアタッシュケースらしきモノを発見した。当時のその店は革製品の特注品などをメインにした老舗だったので、かなり異彩を放っていたのを覚えている。

ヘアラインのシルバー色でリブ構造のそれは、ちょっと軍モノっぽくてえらくカッコいい。それにしてもこの店が扱うのなら多分良いモノ、海外製だろうな……。高いんだろうな……。などど考えつつも、ひとまずは外から眺めて店を後にした。

カメラマンはゼロハリ

当時は広告宣材の撮影と言えば海外ロケが主流であり、ディレクションの仕事で毎年のように海外へ撮影に行った。撮影は全て銀塩フィルムなので8×10(エイトバイテン)などの大判シートフィルムとフォルダー、レンズ、カメラ、など何百キロの機材を持って行く。

自分はデザイナーなので身軽だが、カメラマンは大変だ。埃や水分が大敵なそれらの重要な機材は、ほぼ100%近くゼロハリバートンのアルミ・アタッシュケースに守られて輸送されていたと思う。

そんな文化もあり、“ゼロハリ”こそがアタッシュケース好きな男子の界隈では第一選択肢だった。たしか、いろんなブランドとのダブルネームもたくさんあった気がする。ちょっとカッコつけたビジネスマンのゼロハリ率もかなり高かったものだ。

当時はそれほど高額ではなかった

数日後、意を決して店に入り、リモワの現物を手に取って驚いた。「軽い!」感覚的にはゼロハリの半分か。それにしてもジュラルミンの外皮はゼロハリとは比べられないほど薄くペラペラだ。しかも接合部は接着されていない、埃や雨は防げない構造なので、カメラマン向きではない事は直ぐに分かった。

でも自分はプロカメラマンじゃないからな。それに精密機器など運ばないから、この軽さは最高だ。当時はまだグラフィックデザイナーはアナログ仕事で、マッキントッシュ・コンピュータもごくごく稀に先行投資を始めた会社でしか稼働していなかったし、ノート型コンピュータなど持っている人は周りに1人もいなかった。

当時ゼロハリが5〜6万円したが、このリモワは確か3万円台だったように記憶している。耐久性を含めた機能と価格、そしてデザインのバランスを考え、納得して購入した。

「これは一生使えるな」思えば、これは自身が最初に買った「高価な鞄」だ。

機能とデザイン、そして耐久性

当然ながらリブ構造は強度のための形状だ。薄い金属板で軽量化をしつつ強くするための工夫であり、見せる目的のデザインではない。結果的にそれが美しかったり凄みを感じさせたり、ホンモノ感を漂わせたりする。人間はモノの美しさから、機能性の高さを直感的に感じ取る事が出来るのだと思う。

工業製品に詳しいジャーナリストが、「金属バネがへたるというのは嘘」と語っていた。厳密に言えば僅かな劣化はあれど、人が感じ取れるレベルではないという。ステンレス、銅、アルミなど様々な金属製のモノがあるが、やはりアルミ製品は身の回りに多い。軽く美しく、加工しやすい点も良いのだろう。そして自分がモノを手に入れる時に必ず考えるのが耐久性、つまり「何年使えるか」だ。

購入してかなり手荒く使った。普段の通勤にも使用したし、中にウレタンをカッティングしてカメラバッグとして使い倒していた。意外にも雨や埃も思ったよりは防げていた。蝶番のワイヤーバネは2年もしないうちに壊れたけれど、さほど不便ではないので直さずに今に至る。

機能がシンプルなプロダクトは、最低でも10年は壊れて欲しくないと言うのが本心だ。だから自分は、どうしても金属製や、木材などの天然素材、もう充分に評価が出ている樹脂製を選ぶ事が多かったし、これからもそうだろう。このリモワのアタッシュケースも購入してから30年を経過した。そろそろ、内装をクリーニングして生地を張り替えるか、ついでにコーキングで防水性を高めるのも面白いか……などと思っている。

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