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これがロータリー・エンジンの生きる道:マツダMX-30ロータリー EV

伊東和彦/Mobi-curators Labo. マツダMX-30ロータリー EV 2024.01.27

ロータリーエンジン(RE)を搭載した「MX-30ロータリーEV」が、いよいよ日本国内でも販売される。

シリーズ式プラグインハイブリッド車としてのRE復活ではあるが、メディアはセンセーショナルに「RE復活!」と告げることだろう。REファンならずとも気になるニューモデルであり、さっそく試乗してみた。

専門誌やSNSサイトにはその試乗記が掲載されつつあるが、ほかの試乗記とはちょっと違ったParc fermé的な視点(?)から、その概要と簡単な印象を報告しておきたい。試乗したのは、マツダの横浜R&Dセンターを起点としたおよそ所要時間90分のコースだった。本稿では、前半に試乗の要旨を記して、後半に機構について述べることにした。

容量50リッターのガソリンタンクとバッテリーは床下に搭載される。

結論めいたことを先に言えば、REは与えられた新しい働き場所、すなわち「プラグインハイブリッド車の発電を担う」という任務を完璧にこなしていることが確認できた。

エンジンが起動しているときには、特に注意を払わないかぎりREの運転音はロードノイズなど周辺の音にかき消され、振動も僅かであり、REがその存在を感じさせないことに感銘を受けた。電力消費が急激に増すなどの急加速時には、いかにもREらしい、明らかにレシプロ機関とは違う音質が高めに変化してくるが、それとて耳障りなものではない。

100km/hを超える速度域では、“内燃機関車らしいエンジン音”が高まるとの事前説明であったが、今回の試乗コース上の法定速度は80km/hであり、機会は追い越し時での一瞬のみに限られ、感想を述べるほどの時間ではなかったことから、改めて報告できればと思う。

REはモーター・ジェネレーター・ユニットと同軸上に配され、エンジンルームに横置きに搭載されて前輪を駆動する。

前述してきたように、MX-30ロータリーEVはシングルローター型だが、乗車中に大きなマスのローターが“躍動”していることを感じさせるような振動は皆無とえるだろう。余談ながら、私には、シングルローター型を搭載した自動車史上初のRE市販車である、「NSUヴァンケル・スパイダー(1964年登場)」に試乗した経験はなく、今回のMX-30ロータリーEVがはじめてシングルローター体験になるから(むしろ経験者は希有だろう)であり、興味津々で試乗に臨んだのである。

シリーズ式HV+プラグイン機構がREの新たな居場所に

ご存知のように、2013年にマツダがRX-8の生産を終えたことで、マツダからはREの市販車が途絶え、これは世界的にみてもRE生産の終了を意味していた。だが、REの実用化で苦難の時期を乗り越えてきたマツダがその灯火を消し去ったわけではなかった。世界で最も多数のREを生産し(2023年10月でRE搭載車累計生産200万台達成)、マスキー法ほか排ガス浄化、燃費改善などを克服したことで多くの知見を蓄積し、また同社にとっての技術開発のアイデンティティーであるREの復活に向けて、連綿とさまざまな活用方法が思考されてきた。

REは向かって右側にあるはずだが、一見しただけではわからない。

水素を燃料として使用する研究は、ほぼ実用段階まで熟成されたといえるだろう。2007年には水素REとハイブリッドシステムを組み合わせた「プレマシー・ハイドロジェンRE」を公開すると、08年からリース販売をおこなった。

さらに2015年の第44回東京モーターショーでは、次世代REを掲げる「SKYACTIV-R」を搭載したスポーツカーコンセプトモデル、「Mazda RX-VISION」を世界初公開している。スタイリングからしても魅力的なスポーツモデルであり、その販売を望む声は大きかったが、生産化には至らずに終わった。いわばこの時点で“直接の動力源”としてREの出番は、クルマの未来を見据えて霧散したかのように思えた。

新開発された8C-PH型と呼ばれる830ccのシングルローター型。53kw(72ps)と、最大トルク112N・m(11.4kgf・m)を4500rpmで発揮する。

いっぽうで、小型軽量でスムーズな回転が得られ、高出力という美点を持つREの活躍の場として注目を浴びたのが、車載発電機用の駆動源としての活用であった。その姿が公開されたのは、2013年末に公開されたデミオEVをベースに試作されたRE レンジエクステンダーだった。新開発の単室容積330ccのコンパクトなREを横置きしたうえで、発電器や燃料タンクと一体化してリアエンドのトランクルーム床下に搭載していた。

私は2回ほど試乗する機会があったが、発電時に起動するREの静粛性と振動の少なさに感銘を受け、電動化のなかで多いに有望だと確信した記憶がある。REはレシプロに対して高いトルク特性が持ち味であり、発電時間の短縮に繫がることもメリットと謳っていた。

こうした取り組みの延長線上に、本稿の主役であるMX-30ロータリーEVがある。冒頭に記したように、同車はプラグイン・ハイブリッド(PHEV)である。電気自動車(BEV)の走行可能距離を延ばす“レンジエクステンダー” (BEVx:カリフォルニア州大気資源局による)と混同されることもあるようだが、レンジエクステンダーと定義される条件のひとつは、あくまでもBEVが基本であり、走行距離を延ばすために発電機を付加していることだ。さらに発電して走行する距離がEV走行より短いことになっている。その代表的な好例が、EVから派生した「BMW i3」レンジエクステンダーである。

シリーズ式HVは日産自動車のe-powerなどで一般的だが、シリーズ式HVにプラグイン機構を採用した生産車はMX-30ロータリーEVが初となる。

展示されていた8C-PH型のローターハウジング。サイズの比較のため、参考までにiPhoneを置いてみた。、ハウジングは長円の長さが13Bに対して35mm大きい。

専用のREを開発

MX-30ロータリーEVの駆動はすべてモーターが担い、BEVとしては最大で107kmの走行が可能であり、RE駆動の発電機が協調することで、最大航続距離は道路環境に左右されるものの700kmを超えるという。
REは新開発された8C-PH型と呼ばれる830ccのシングルローター型であり、最高出力53kw(72ps)と、最大トルク112N・m(11.4kgf・m)を4500rpmで発揮し、発電の状況に応じて2300〜4500rpmの範囲で運転される。

REはモーター・ジェネレーター・ユニットと同軸上に配され、エンジンルーム(EVではモータールームというべきだろう)に横置きに搭載されて前輪を駆動する。17.8kWhのリチウムイオンバッテリーと容量50リッターのガソリンタンク(レギュラーを使用)はフロアに配置されている。

13B型のローター(右)と比較してみた。手前はシングルローター型のエキセントリック・シャフト。

ドライブモードはEV、ノーマル、チャージと3種がある。このうちノーマルモードはクルマが判断をおこない、必要なエネルギーに応じて自動的にエンジンが起動してSOC(State of Charge:いわば電池残量)45%を維持する。

EVモードではバッテリーに溜めた電力を使い切るまで(厳密には完全にゼロにはならない)走行し、その後に発電のためにエンジンが起動する。ただし、緊急加速時にはキックダウンによってエンジンで加速補助がおこなわれるという。

いっぽうチャージモードでは、ユーザーが20〜100%の間でバッテリー残量を任意に設定することを可能にし、ほぼすべての車速で発電をおこなうが、急加速時には充電を中断して走行を優先する設定になっている。PHEVとしては充電時間が気になるところだが、20~80%充電に要する時間は、普通充電(AC、6kW)では約1時間50分、急速充電(DC、40kW)では約25分である。

同じく13B型用ローターとの比較。8C型のローターハウジング幅は76mm。13B型は80mm。

マツダはすでに台数は少ないながらBEVの生産で経験を積んでいることから、BEVとしての完成度は高く、はじめてBEVに乗る人も違和感を覚えることはないだろう。電欠を気にすることなくEVと暮らしたいと考える人にとっては、PHEVは選択肢の候補になりうる。中でもエンジンが騒音、振動とも、見事なまでに“黒子”に徹しているMX-30ロータリーEVは多いに魅力的な存在だ。MX-30だけでなく、ロータリーEVシステムが、マツダの他のモデルにも一刻も早く採用されてほしいと思う。電動化の嵐のなかで、PHEVであっても、内燃機関のできばえが、クルマのフィールを左右するという事実を、改めて確認させられた体験であった。それはREでもレシプロ機関でも、燃料がなんであってもかわらない。

PHEVであっても、RX-7などが奏でていた甲高いREサウンドを少しでも期待していたREエンスージアストには期待はずれになるのだろうが(今後に登場する期待のスポーツモデルでは快音が残されるだろう)、REが格好の任務を受けて復活したことを素直に受け入れようではないか。

MX-30シリーズは観音開き式のドアだ。使用環境によって賛否が分かれるところだろう。MX-30ロータリーEVの価格は423万5000円から491万7000円。全長4395×全幅1795×全高1595mm。

REエンスージアストのためのメモ

気になる8C-PH型について、歴代のマツダ製REとの違いを列挙しておこう。8Cのモデル名の由来は、試作(製品化が望まれる)の2ローター型が16Cであったことから、シングルローター化によって8Cと名付けられた。

8C型のローターハウジング幅は76mmである。対して歴代のREでは10A型(491cc)が60mm、12A型(573cc)が70mm、13B型(654cc)が80mmと、ハウジング幅を10mmずつ拡大することで排気量を増してきた経緯がある。

いっぽう8CではこれまでのREとは寸法的には無関係であり、ハウジングは長円の長さが13Bに対して35mm拡大されている。これはレシプロエンジンでいえばストローク延長に当たる。

エンジン単体重量は13Bと比較して15kg軽減している。内訳は、ローターが1個減り、サイドハウジングがアルミ製となり、かつ1枚減り、エキセントリックシャフトが1ローター減少分短縮したことによるものだ。いっぽうローター自体は、13Bとくらべて大型化したことで1.5kg重量が増している。

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