STORY

自らの脚で、160kmを駆け抜けるということ:ULTRA-TRAIL Mt.FUJI 2023 参戦記 #1

佐々木 希 ULTRA-TRAIL Mt.FUJI 2023.10.25

われわれPFはモノにフォーカスするマルチメディアである。題材としてスポーツやアスリートを扱うことは畑違いなようにも思えるものの、身体のエネルギーを効率よく変換して良い結果を得るためには、優れたアイテム、マテリアルが実は不可欠だ。

なかでも「トレイルランニング」は、舗装路から岩場、ぬかるみまでさまざまな路面で構成されるコースを延々と走り続け、進むほどに変化する傾斜や標高、刻々と移ろう天候や気温に対処することが求められる競技である。長い距離を経る間には自らの身体の変調に対処し、水分やエネルギーの摂取にも細心の注意を払わなければならない、知的なスポーツだ。

長距離走の世界最高峰を競うのが42.195kmのフルマラソンであるように、トレイルランニング・レースにおけるトップクラスのカテゴリーとして位置づけられるのが100マイル=160kmを一気に走るレースで、ここ日本でもいくつかの大会が開催されている。その中でも最も重要な大会として位置づけられるのが「ULTRA-TRAIL Mt.FUJI」だ。

その100マイル・カテゴリーに今年初参戦し、見事完走を果たした佐々木 希選手が、この困難なレースと出会い、数年をかけて自らの肉体を改造し、さまざまなアイテムを駆使しながら大きな目標をクリアするまでのストーリーを寄稿してくれることになった。

2023 ULTRA-TRAIL Mt.FUJI コース図

ULTRA-TRAIL Mt.FUJIとはどんな大会か

ULTRA-TRAIL Mt.FUJI(ウルトラトレイル・マウントフジ)は、日本、アジアで最初に開催された、トレイルランニングのウルトラマラソンレースだ。山梨県・静岡県をまたぐコースで2012年から始まり、現在も国内で最大規模の100マイル・レースとされている。100マイルという距離はトレイルランニングのロングディスタンスレース(通称ウルトラトレイル)における世界的基準値である。

毎年コースは多少変わる。2023年は静岡県富士市・富士こどもの国をスタート。富士山の周りをぐるっと半周し山梨県富士吉田市・富士急ハイランドコニファーフォレストがゴールだ。距離は約165.3km、累積標高+7574m、制限時間45時間、2400人が走る。100マイルの「FUJI」に加えて、69kmの「KAI」も併催され、こちらは約800人がエントリーする。

上のコース図を見ると平坦なところが多いように感じるかもしれないが、実際には富士山の標高の2倍の高さを上昇しなければならず、絶えずアップダウンを経験するコース設定だ。

制限時間が45時間ということは、丸2日は寝ない覚悟が必要。夜間セッションに備えたライト類、天候の急変に耐えられるウェア、ファーストエイド、サプリや薬、携帯電話にモバイルバッテリーといった装備に加えて飲み水も携行しなければならず、かなりの重量のザックを背負って走り続けることになる。

完走だけでなくエントリーするのも大変だ。エントリ―開始日の2年前から前日までに国際トレイルランニング協会(ITRA)が認定しているレースを完走して指定されたポイントを獲得しなければならない。そのような条件があるのは、45時間も山岳地帯を走る過酷なレースに対して必要な訓練をし、予測されるトラブル、天候の悪化、肉体的、精神的問題に対して自ら対処できなければならないからだ。

そのような過酷な条件にもかかわらず、人気の大会なので、倍率は公表されていないが、抽選にも当たらなければならない。この大会のために長い期間の訓練を積んできたのに、抽選で涙をのむというケースもあるわけだ。

(上)スタートから120km地点の山中湖エイドからきつい終盤戦へ。野焼き後の黒黒した山肌の明神山から振り返るとこんな景色。(左)FUJI、KAI合わせて3000人以上を迎えるエイドは他の大会に比べて大規模だ。各所でご当地グルメも振る舞われる。最後の第9エイド、富士吉田では吉田うどんが。レース中は温かくて塩気のあるものが特に美味しい。(右)フィニッシュ会場は富士急ハイランドコニファーフォレスト。辛くてやめたくなったとき、「必ずここをくぐるんだ」とゴールのイメージを何度も頭の中に描きながら前に進んだ。

ランナーになったのは数年前のこと

「走る」ことに私が出会ったのは13年前。公園で、子供が虫取りに夢中になり、あまりの暇さにトラックを走ってみたのがきっかけ。苦しいけど走り終わったあとの爽快感、充実感が心地よかった。健康にもダイエットにもよい、お金もかからない、いい事ずくめじゃないか。

ハマって週3くらいのペースで走るものの距離を伸ばすと膝だの足底だのすぐに痛めてしまい、やる気もだんだん薄れて全く走らない日々も続いた。それでも思い出したようにまた走ったり、安定して10km走れるようになるまで、だらだら数年かかった。

2015年、走り始めて4年半、初めてマラソン大会に参加。5kmのためにかなり真面目に取り組んだ。そこから10kmやハーフ大会に数回出て、2020年いよいよフルマラソンに挑戦……のタイミングで、コロナの感染拡大で大会が次々中止に。

(上)装備は絞っても4500g。薄く軽量に作られているトレランザックはパッキングがうまくいかないと中のものが体にダイレクトに当たって痛い。なるべく圧縮して入れ方も工夫、走りながら補給もするので、どこに何を入れているのかも頭に入れなければならない。ここにたどり着くまでかなり時間を要した。(左)スタートは静岡県富士市の富士山こどもの国、ゴールは山梨県富士吉田市富士急ハイランド。たくさんの有名選手、応援の人達、盛大なスタートセレモニー。世界遺産を見ながらのレースとあって海外からの参加者も多い。規模もなんでも他のレースとは桁違いだ。(右)600名づつ4グループに別れて15分刻みのウェーブスタート、はじめは広めの林道で渋滞回避のコース、今年は曇りがちで富士山が見えたのはこのあたりと、ゴールする直前のみだった。

コロナ禍でランナーは口元を覆って走っていても煙たがられ、街中を走りづらくなった。仕事も失い時間ができた。

そこで数年前からランと並行してたまにしていた、なんちゃってトレイルランニングをする回数が増えた。

マラソン走力はごくごく平凡。「サブ4」を目指して、キロ何分だのを気にした速く走るための練習、なんてのも嫌い、楽しくそこそこ走れればいい、という自分のスタンスに、そういう縛りを気にせず走れるトレイルランニングは合った(もちろんレースはそんなわけにいかないが)。

きれいな景色のところでは足を止め、息が上がりすぎれば小休止、山頂でご飯……マラソンと違って好きなペースで走ることに対する罪悪感が薄いのだ。コロナで世界中が重い空気の中、山に癒やされ、ますますトレランにハマっていった。

トレランをする目的での初旅行は2019年、「京都一周トレイルコース」というのを見つけその一部を走りに。

(左)京都一周東山コースは伏見稲荷駅スタート、全長24.6km。伏見稲荷、清水山、インクライン、大文字山、哲学の道、比叡山と見どころも満載のコース。(右)トレイルとロードをつなぐ74個の道標のマップを見ながら進む。地図読みが苦手で、9kmもロストし33km走ってなんとかたどり着いたケーブル比叡駅で、最後の道標の横で記念撮影。

GPSウォッチもない、電子山地図も知らず、9kmもロスト。帰りの着替えも裸でザックに入れていたのでびしょびしょ。汗冷えして震えながら宿に戻ったり、今振り返ると装備も計画も甘すぎて、よく無事だったと思う。

この前後に軽い気持ちでエントリーしていた2つの14kmのトレイルランニングレースは台風と、コロナで中止に。参加できていたら相当手痛い目にあっただろう。

(上)初めてトレラン経験者と、14km青梅丘陵を走りに。何も補給しないことや、ファーストエイドキットも持っていないことを注意されたり、色々な山用語、山に特化した電子地図、トレラン用品などたくさん教えてもらったりした。(右)コロナ禍で時間ができ暇さえあれば山へ行くように。YAMAPという登山地図アプリを使いだした。登山計画を作って起動してマップをみながら進むので道迷いも格段に減りソロでも怖がらず未踏の山へ行けるように。月に8回くらい、休みの日はほぼ山へ。

コロナ禍で走り始める人も多くなったらしく、SNSでの交流も盛んになってランナーの知り合いが増えた。レース経験のある人に指導してもらい、ついになんちゃって独学トレランから卒業。

その後1年、経験を積み、満を持して青梅で開催されたレースに初参戦。楽しく終わって満足。

また次の大会に出たい、距離を延ばしたいなどとは思わなかった。

(上)2021.4 青梅高水国際トレイルラン、19km。デビュー戦は終始緊張、ゴールでやっとホッとする。(左)2021.7 中央アルプススカイラインジャパン、20km。土砂降りの2戦目で初めて足攣り。(右)2021.8 野沢トレイルフェス、27km。3戦目は真夏のレース、補給不足と厳しいアップダウンで足は攣りまくり、思うように走れず悔しくて涙のゴール。

レース参加に目覚め、ときには苦汁も飲む

トレランするけどレースは好まない人もいる。自分もそこまでレースにこだわりはなかったが、次のレースに誘われなんとなくエントリー。その大会のための準備が楽しかった。レースの試走、普段のロードランで走力を上げ、レイヤリング(重ね着)や持ち物を考える。結局その大会もコロナで中止になってしまった。

2戦目は中央アルプスが舞台、初戦より距離が伸びて20km、累積標高も大きく経験したことのない土砂降りのなかのトレラン。

夢中で走った結果はなんと年代別3位、入賞してるなんて思いもせず、表彰式も出ず帰ってしまった。

このレースでレースの楽しさに目覚め、「もっと距離を走れるようになりたい」「すごいロケーションのところを走りたい」と、次のレースを決めてはそれに向けて練習するという取り組みをしていくようになった。

(左)2021.9 志賀高原エクストリームトレイル、32km。リタイア後、回収車を震えながら待つ。顔まで跳ねた泥がサーフェスの悪さを物語っている。(右)2021.11 富士吉田杓子山パノラマトレイルラン、21km。背景の富士の美しさに見とれている暇はなかった。あと1人抜けば入賞という成績で、その悔しい思いから競走する楽しさに目覚める。

マラソンも大会によって、気候や道路状況で毎回同じようには走れないだろうが、トレイル・レースはその環境、気候など変化も激しく状況の予測も舗装路に比べて非常に難しい。

4戦目、標高2000mの志賀高原の9月下旬の早朝の気温は8度。小雨の降る中のスタート、周りはレインジャケットを着ていたし、仲間にも「着れば?」と言われたが、「スタートからゲレンデ登りで暑くなるから」とアドバイスを聞き入れなかった。

雨はますます強くなり足首の上まで埋まる冷たい泥のなかを進む。標高も上がり更に気温も下がる。冷えを感じるものの着替えるのが面倒で、しばらく半袖のまま進むが、いよいよ寒さも限界になり、立ち止まってレインを着たところで手遅れ。手足の感覚はないし、芯から冷えて震えが止まらないし、足ももたついて動きが鈍い。とてもレースを続行できる状態ではなかった。

リタイアできるポイントまで4km、山の中で救護を待っていたら死ぬ。声を出して自分を鼓舞してなんとかエイドまで到着。エイドで回収車に乗り宿に戻って温泉に駆け込む。身体が温まるのに2時間もかかった。

この経験で冬のレースの厳しさを知り、次のレースは暖かい時期にするかなど悩んだが、コンスタントに出続けてモチベーションを保ち、寒さ対策など経験も積んだ。

(左)2021.12 TOKYO八峰マウンテントレイル、30km。じわじわ距離を延ばし、結果もまずまずで2021年6戦を終える。(右)2022.4 善光寺ラウンドトレイル、20km。直前の捻挫をかばいながらの完走で不完全燃焼。

徐々にレース距離を伸ばし、ミドルディスタンスに挑戦

2022年は4月の20kmレースからスタート。5月に初めて40km超のレースに挑戦することに。平地を走るのだって大変なのに山を、しかも走ったこともないフルマラソンより長く走る?

トレイルランニングの距離感はマラソンとは違う。定義はないがミドルディスタンスが50Km〜、ロング80km〜、ウルトラが100km〜といわれている。45kmでもショート! でも走力がつけば遠征先でも長く走れて1回で沢山の景色が見れる、お得だし楽しめるじゃないか。とりあえずミドルの領域まで行けるようになりたい。

(左)2022.5 軽井沢トレイルランニングレース、45km。練習でも走ったことのない距離、経験豊富な仲間と事前にレースの計画を練る。(右)初めて区間ごとの目標ペースなど書き込んだペース表を作って、ザックの前に取り付けてレース中見ながら進み、ほぼ計画どおりにゴールできた。
同じタイミングで距離を伸ばし始めた仲間達。ポテンシャルが高い彼らにおいていかれないようにと次の目標に向けて頑張る意欲が湧く。

45kmも走るにあたり、仲間と作戦を練る。

地図に登り区間、下り区間を色分けして線を引き、高低図を見てトレランポールをどの区間使うか、ペース配分、補給食、水分をどれくらい持つか、レイヤリング、など意見交換して決める。距離が長くなるほど入念な計画が必要だ。

これだけ準備しても当日のコンディション(環境、自身の体調)で思うようにレース展開できないことも多い。でもこれだけやっていくからトラブルも最小限に抑えられたりするものだ。反省点が見つかり改善して次に繋げていく。経験値が増えレース・スキルが上がっていく。

(上)2022.6 奥信濃100、50km。渡渉10回以上、途中土砂降り、初めてヘッドライトをつけてのゴール。(左)2022.7 美ヶ原トレイルラン、50km。予想を超えた猛暑となりエイドでもらえるはずの水が売り切れ。被る水はあっても飲める水がない、なんとも過酷なレースとなった。(右)仲間4人中2人は水切れ、熱中症でリタイア。仲間の分も走るという気持ちでなんとかきついパートも乗り越えた。

ITRAポイントを次々にゲット

軽井沢45kmを完走した仲間が、「ULTRA-TRAIL Mt.FUJIに出たいから、もっと走れる距離を伸ばしてITRAポイントを獲得する」と、具体的に目標を立て始めた。160kmなんて全く走れる気もしないし、そんなに走れなくていいと思った。

だが、「のんちゃんもう去年の中央アルプスで1ポイント取れてるよ」と教えられた。FUJIに出たいとは思わないが、ITRA認定レースを完走するとパフォーマンスインデックス(コースデータやレースリザルトをもとにランナーの走力を数値化したもの)が出るので、自身のレベルも世界基準でわかるし出場レースの検討材料になる。ポイントが貯まるほどに成長を感じられモチベーションが上がる。

ULTRA-TRAIL Mt.FUJIのエントリーには、直前の2年間で10ポイント以上を獲得しなければならない。私もポイントを取れるレースを探してエントリーすることにしたのだが、(大会主催者がITRAに申請して認定されなければポイントはつかない)カウントしてくれるのは最大3つの大会なので、多くのポイントが取れるレースをいかに含めるかが重要になる。

といっても2ポイント取れるレースはたいてい50km以上の距離。70kmでも3ポイントしか取れなかったり、距離が長いレースになると過去にそれなりの実績がないとエントリーすらできず、そう簡単に取れるものではない。

(上)2022.9 京都グランドトラバース、59km。京都一周コースを走りに行って以来、毎年走りに来てる京都、レースでの参加はとても楽しかった。(左)2022.10 ジャングルぐるぐるMAX、80km。京都からさらに20km距離が増え、走るのはほぼ夜間。初の1位、表彰式はなかったが満足。(右)2022.12 2年続けて富士吉田杓子山トレイルランニングレース、20km。目標通り昨年逃したメダルを手に入れた。

2022年6月の奥信濃50kmで3ポイント、9月の京都59kmで3ポイント、と順調にポイントが貯まっていく。ULTRA-TRAIL Mt.FUJIのエントリー条件を満たすにはあと4ポイントとればいい。

考えてもみなかったULTRA-TRAIL Mt.FUJIが近づいてきて、「チャレンジしたい」という意欲が湧いてきた。59kmから2ヶ月足らずでまた距離をのばして、10月のジャングルぐるぐるMAX・80kmのエントリーはかなり悩んだが、無事完走。しかも女子1位、総合で13位と好成績、仲間からは「ロング向きだ」と言われる。4ポイント獲得し、エントリー条件が揃った。

2022.12 IZU TRAIL Journey、70km。寒さに弱いので参加するか悩んだが人気の大会、寒さ対策勉強含め参加できてよかった。2022年は8レース完走、ITRA15ポイント獲得。次のレースはいよいよULTRA-TRAIL Mt.FUJIだ。

ポイントは貯まったものの80kmが最長走行距離、そのわずか半年後に160kmを走る? ランナーがよく言う「倍々の法則」(40km走れたら80km走れる)に当てはめれば大丈夫、なんて言われたが、いくらなんでもそれはないだろう。

2023年4月はULTRA-TRAIL Mt.FUJIの短縮レースであるKAI 69kmをまずは走って、1年トレーニングをして2024年にチャレンジするのが妥当だろう。でも人気のレースだし、もし抽選に当たらなかったらやがて歳を取って体力も落ちてくる、ずっとそのモチベーションを保てるかも分からない。

「マイラー」(トレランレースで100マイルレースを完走した人)の友達3人にも相談したら全員GO! と。同じタイミングでポイントが貯まった仲間は迷いもせずエントリー。私も覚悟を決めて、結果は仲間も私も当選。

出るからには必ずゴールする。当選からレースまで5ヶ月弱。160kmを完走することを最優先した生活が始まった。

<つづく>

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