オリンピックウェア請負人・古田雅彦のフィロソフィー 第3章:私たちの日常着も、オリンピックから生まれている?
Sumire Mawatari 2024.01.24世界各国から4年に一度の「その時」を求めて、トップ・アスリートが集結する「オリンピック」。代表選手として選ばれ、袖を通すだけでも栄誉であるオリンピック選手のためのウェアはどのように生まれるのだろうか。そして、デザインを手掛けているのは一体どんな人なのだろうか。これまで、数々のオリンピックウェアをプロデュースしてきた古田雅彦氏に尋ねた連載の第3回をお届けする。
F1とオリンピック
オリンピックは新しい素材やデザインを発表する場ですが、この仕組みは、自動車レースのF1と非常に似通っています。F1はまさにプロモーションの世界。レースに出場するクルマが一般に販売されることはありませんが、クルマ会社が他社を凌ぐために開発した最新のテクノロジーがお披露目されます。
それはオリンピックや世界選手権などの競技ウェアも同じです。100m走のためだけに特別に開発された、超軽量で身体にしなやかにフィットする、さらには動きやすさも叶える……でも走り終えたら役目を終えて捨てるしかないかもしれない、そんな“贅沢”なテクノロジーが、ゆくゆくは私たちの日常着にも活かされていきます。
実際にここ10年ほどで、どの洋服もドライ機能や速乾性が謳われるようになり、着心地そのものも格段に高まりました。その進化の背景に、オリンピックなどのウェアの存在があることはいうまでもありません。オリンピックウェアという“売られない服”をデザインしながら、実際に私たちが袖を通す“売られる服”を手掛けていく、という2つの逆説的なアプローチを同時にとることで、未来のイノベーションがつくり上げられていくのです。
一枚の服は、いくつものパーツをつなぎ合わせて出来上がっています。洋服は、糸で生地同士を縫っていく「縫製」が主流ですが、アスリートが着用する競技ウェアは、糊や熱を用いてくっつける「圧着」が主流です。縫製は、糸の分だけ重くなりますし、縫った穴から水が入りやすくなります。これに対し、圧着は生地同士もつなぎ合わせることができ、縫い代などの身体への接触が少ないのもメリットです。この圧着技術は、インナーやアンダーウェアなどの日常着のデザインでも定着しつつあります。
コーポレートデザイナーとして
デザイナーと聞くと、華やかな世界を想像するかもしれません。けれども、企業に属するコーポレートデザイナーはあくまでも会社員。クリエイティブに専念しながら、予算管理や社内決済といったビジネス業務を当たり前のように捌かなければなりません。
人にモノを売るということは、予算や売上といった数字とも向き合うことでもあります。クリエイティブな業務だけでなく、事業会社で現実的な視点を養ったことは、自身のデザインスタジオを立ち上げる上でも、非常に役立ちました。
そして、スポーツブランドであるアディダスやアシックスと、アパレルブランドであるユニクロという、カルチャーも客層も全く異なる組織でオリンピックやスポーツウェアの製品開発ができたことも、良い経験でした。実際、自分のアイデアを思い通りに形にできることは、ほとんどありません。特にオリンピックウェアなどは様々なオケージョンに合わせて、膨大なアイテムを生み出さなければならないため、チームのメンバーとのコミュニケーションでは、自分の頭の中にあるデザインを可視化しながら、キーメッセージを伝えて、スタッフが自然に手を動かせるような環境作りを心掛けてきました。
デザインの根幹に共通認識を持つことができれば、いろいろなスタッフが関わっても、ラインナップに統一感が生まれます。もちろん、デザイナーは皆、自らのデザインに対してエゴイスティックな側面もあるのですが、そんな中で方向性を定めていくのは、難しさがありながらもすごく楽しいひと時でしたね。
<つづく>
古田雅彦
東京都浅草出身。中高大と陸上競技に青春を捧げる。その後 渡仏しパリのエスモードに留学。帰国後ファイナルホーム、イッセイミヤケを経て、アディダスに入社。渡独しドイツ本社にてグローバル向けの製品開発と並行して様々なプロジェクトを統括。2012年ロンドン夏季大会を皮切りに、14年ソチ冬季の各国選手団のウェアを手がける。帰国後アシックスにて、16年リオ、18年平昌、20年東京五輪に従事。19年ユニクロに入社、店頭グローバル企画と並行し22年北京大会、24年パリ大会のオリンピックプロジェクトを歴任。3ブランドにて合計7大会の最先端製品開発を手掛ける。23年に「MILD LLC」を設立。