スイーツのプロ展示会で見た驚きと潮流:大矢麻里&アキオの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #15
大矢 麻里 Mari OYA/イタリア在住コラムニスト 2024.03.03ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。
原材料からラッピングまで
ジェラート、ティラミス、パンナコッタにマリトッツォ。締めには濃厚なエスプレッソをグイッと一杯!今日、日本でもさまざまなイタリアの味を楽しめるようになった。今回は、そうした“甘い世界”を本場で支える、プロ向け展示会をのぞいてみた。
欧州最大級のジェラート・菓子・パンそしてコーヒーの国際見本市『SIGEP(シジェップ)』が、1月20日〜24日にエミリア=ロマーニャ州のリミニで開催された。45回目の2024年は35の国・地域から約1200ブランドが出展。来場者も160以上の国・地域に達した。
次の業界トレンドを示すことで知られるこのイベント、展示は最終製品にとどまらず、原料やトッピング材料、製造および包装機械、ラッピング、ショーケースや店舗ディスプレイにまでおよぶ。同時に座談会やワークショップ、熟練職人によるデモストレーションや若手職人の腕を競うコンテストも行われる。
騙されていたかも? の冷凍技術
ショーケースには、色とりどりのケーキ、こんがり焼かれたパンやペストリーがぎっしりと並ぶ。
ある出展者に「これだけの量を、崩れたり壊すことなく搬入するのはご苦労ですね」と声をかけると、思わぬ答えが返ってきた。「その心配はありません。これらは冷凍製品ですから」
今しがた職人が仕上げかのような繊細なケーキも、オーブンから取り出したばかりのようなクロワッサンも、事前に焼いて急速冷凍したものだというから驚きだ。そうした商品は今日、世界のホテル、レストランやカフェ、ケータリング・サービスによって、大きな需要が生まれているという。これまで一丁前に「ここのカフェのケーキは一級品!」とか言っていた自分の舌を疑いたくなってくる。
そうした業務用を長年手がけるメーカーの一部は、培った技術を活かして、忙しい生活を送る一般消費者向け市場の開拓にも余念がない。最新技術で冷凍したプロダクトは、再加熱するまで、風味や食感だけでなく栄養価も維持する。食べたいときに使えるのは生製品にないメリットだ。それは食品廃棄物の削減につながり、持続可能社会にも貢献できる、と彼らは力説する。
地元産品を世界へ
チョコレートのエリアを見る。チョコといえばバレンタインデーだが、イタリアでは春のイースター(復活祭)にも欠かせない。キリスト教徒の間で、生命の源の象徴として卵形のチョコレート(イースター・エッグ)を贈り合う習慣があるのだ。
そうしたなか、伝統製法を守りながら独自の世界観を広げる、イタリア人チョコレート職人たちの姿もあった。
ジャコモ・ベッラントーニ氏のイースター・エッグは、オブジェのごとく洗練された佇まいだ。カフェを営む家族のもとで育ったベッラントーニ氏は、わずか10歳にして有名ショコラティエやパティシェを真似ながら菓子作りを始めた。職人の世界の厳しさを案じた父親から反対にあったものの、諦めずに夢を追い求めたという。今日ではインターナショナル・チョコレート・アワードで数々のメダルを獲得するなど、若き実力者として活躍を続けている。
南部プーリアから出展した「ベルナルディ」を率いるのは、ミンモ・ベルナルディ氏。父親が創業した時代は小さな菓子工房だったが、今日の主力はチョコレートだ。先代から受け継いだレシピを守りつつ、フィリング(中身)のクリームには、オレンジ、洋梨、ピスタチオさらにザクロを用いるなど、ファンタジーと組み合わせの妙をプラスした。
私がテイスティングしたなかで最も印象に残ったのは、ドライいちじくとアーモンドをエクストラダーク・チョコレートで包んだものだった。そのいちじくは、地元プーリア地方を代表する産品として、イタリアの伝統的食材を守る活動を続ける「スローフード協会」の認定品だ。一粒のチョコレートにも、地元の味を広めたいという、郷土愛がしっかりとコーティングされていたのである。
スイーツ文化の普及・促進そして後進の育成に力を注ぐ「イタリア優秀菓子職人大使」のブースでは、メンバーのひとりであるマウロ・ロ・ファーゾ氏がチョコレートを振る舞っていた。
シチリア島出身の彼は、イタリアの著名グルメ専門誌「イル・ガンベロ・ロッソ」をはじめ、さまざまな媒体で活躍を紹介されている人物だ。
彼のチョコレートは、かすかなオリーブオイルのほろ苦さ、塩のアクセントが引き立つ逸品だった。レモンの味が爽やかなので聞けば、故郷パレルモ産だという。
前述のプーリアのベルナルディしかり、ローカルな材料を活かしながら、市場の拡大を志すブランドは少なくない。昨今の潮流であるグローカル(グローバル×ローカル)という言葉は、スイーツの世界にも波及していたのだった。