日本初開催UTMBワールドシリーズ完走記―KAGASPAトレイルエンデュランス100 by UTMB
佐々木 希 KAGASPA 100 2025.08.29石川県加賀市・山中温泉で開催された「KAGASPAトレイルエンデュランス100 by UTMB」。スタート会場では、UTMBワールドシリーズ戦ならではの華やかな演出と大勢のランナーで熱気に包まれていた(2025年6月20日 山中座前)



日本初開催のUTMBワールドシリーズ
UTMBワールドシリーズは、フランス・シャモニーの「UTMB Mont-Blanc」を年間決勝戦(Finals)とする世界規模のトレイルランニング・イベント。2025年6月、日本で行われる初めてのUTMBワールドシリーズとして、「KAGASPAトレイルエンデュランス100 by UTMB」が石川県加賀市で開催された。
世界各国で開催されるシリーズの構成は各地の「Events」、大陸代表の「Majors」、そして「Finals」(OCC/CCC/UTMB)。ランナーはEvents/Majors完走で「Running Stones」と呼ばれるポイントを獲得し、実力指標の「UTMB Index」とあわせて、Finalsの抽選や成績による優先出場に用いる。つまり、世界に名を轟かすトレラン界のトップ・イベント、「Ultra Trail du Mont Blanc」に出場するための登竜門なのだ。
大会には国内外から2537人のトレイルランナーが参加した。私もその一人だ。100km・累積標高約6100m・制限時間26時間という過酷なレースに昨秋エントリーし、この日のために準備を重ねてきた。現地の山中温泉エリアは、大会前から祭りのような盛り上がりで、受付会場となった山中座前の広場にはスポンサーや地元ブースが立ち並び、UTMBの青いアーチや旗が映える。
初開催の格式あるシリーズ戦という意義に加え、コース上では石川県と福井県にまたがる雄大な山岳景観や温泉街の温かい応援が楽しめる点も、このレースの魅力だ。地元特産のグルメもふんだんに提供され、大会当日は「日本一暑い日」となる猛暑(気温37℃)の中でもスタッフや観客は笑顔でランナーを迎えてくれた。
レース前日の会場は活気に満ちていた。UTMBシリーズ戦らしく参加者にはリストバンド装着やドロップバッグ(預け荷物)運用など本格的な体制が取られていた。大会前夜は早めに就寝する予定が興奮でなかなか寝付けず……それでも翌朝3時には目が覚め、いよいよUTMBレースへの挑戦が始まった。



レース前日までの準備 —— 装備・戦略
スタート前日までに入念な準備を整えた。特に炎天下での長時間行動に備え水分、サプリを十分に用意した。ザックhttps://www.goldwin.co.jp/ap/item/i/m/NM62511?srsltid=AfmBOorJn7FaQvuxpoY0FMkWbnfeE5XByvDchxOkhqhh_jW5N_hVz4WYにはフラスクを4本、水に溶かすものは経口補水パウダー、パラチノース、麦茶粉。
ザックの総重量は水1L込みで約4kgほどだったが、スタート会場での気温の高さに急遽対応し、水は1.5Lに増量して臨んだ。ザックを下ろす手間を減らすため、ウエストベルトhttps://www.goldwin.co.jp/ap/item/i/m/NM62514?srsltid=AfmBOoorocxdmdrs0lCrOGAjEPtBe8uDi2DVTl0UjkjfUfhlZp1EsIT-も併用して外収納を増やした。足元のシューズはレース直前に試して気に入って即購入したThe North Face VECTIV Pro 3。https://www.goldwin.co.jp/ap/item/i/m/NF02501


次にレース戦略。毎回悩ましいタイム予測。今回は決めあぐねて2通りのタイム進行表(目標24時間・25時間)を作成した。行程が長くて覚えきれないので、表の裏面にはコース高低図と各エイドステーションで摂る予定の補給食も表にした。加賀の山々は初めて走る土地でコースの全容を掴みにくかったが、逆に「知らない強み」で目の前の区間に集中することにした。
食事・補給計画もポイントだ。レース当日が当初の雨予報から一転して猛暑予報となったため、水分と塩分の摂取量を見直した。約2500kcalの補給を目標に設定。固形物は各エイドの充実した補給食に頼る方針とし、自前の携行食は最低限に留めた。実際、エイドは全部で10か所あり、提供されるメニューもおにぎり、うどん、笹寿司、金沢名物ゴーゴーカレー、地元和菓子、果物……と豪華だ。スタミナ維持、足攣り対策にトップスピード、マグオンパウダー、アミノ酸は時間を決めて投入。暑さで甘いものを受け付けなくなることも考え、パラチノース水はスタートだけにとどめ、その後は麦茶や水を補給。


大会当日は朝3時に起床し、しっかりエネルギーをチャージ。スタート会場に着くと既に長蛇の列ができていた女子トイレに20分並び、最後の用足しも完了。6時台は知り合いのランナーや応援に駆けつけてくれた仲間と写真を撮って過ごした。7時、第1ウェーブの号砲に続き、7時10分に私のいる第2ウェーブもスタート!



レース本番 ——猛暑との闘い、トラブルと対処・ペース配分
最初のエイドステーション、刈安山(A1)9.2kmには1時間40分で到着。すでに31℃の酷暑の中、水は0.7L消費しただけだったが、ここで頭から水をかぶって0.5Lだけフラスクに補充し、滞在時間2分で先を急ぐ。まだまだ元気なランナーが多い。トレイルで渋滞が発生してペースが上がらない場面もあったが、逆に体は休まった。第二エイド、大内(A2)17.5kmには約2時間38分で到着し、ここまでで予定より48分も貯金ができた。コーラを2杯、一気に飲み干す。水が少ないから少しだけね、と首筋に水をかけてもらってすぐ出発。目標は24時間以内と上方修正した。


しかし、日差しは刻一刻と凶暴さを増していく。午前10時を過ぎ、気温はさらに上昇。照りつける陽光で顔は火照り、靴の中が熱をもって辛い。立ち止まったり歩いたりする選手がちらほらでだした。18km付近で、先行していた、速いはずの仲間に追いついた。さらにそのすぐ先で仲間が立ち止まっていた。次まで水がもたないと。自分の水を分けて励まして先へ。更に先でペースの落ちた仲間も追い越す。全員もれなく熱中症だった。レース中の連絡で後に、それぞれ限界まで進み、リタイアしたことを知った。
レース中盤、私は苦しいながらも順調に距離を稼いだ。第3エイド、九谷ダム(A3)27.7kmには予定より40分速い5時間33分で到着。だが、当てにしていた塩むすびが品切れで痛恨……唯一残っていた塩タブレットをもらい、スポーツドリンクも最後の一本からコップ1杯を分けてもらい、コーラでカロリー補充。早々に汗で剥がれてぶらぶらしていた腿のテーピングの応急処置として、ハサミでカットしてようやくすっきりした。
その先、ダム湖沿いの林道は暑いが比較的走れて楽な区間、と予測していたが、実際は細かなアップダウンが連続し意外に手強い。それでも日陰が予想より多く、水を想定ほど消費せずに走り切ることができた。
次は第1関門、九谷親水公園(CP1)38.7kmには14時過ぎに到着。この時点で79人を抜いて順位366位まで浮上し、予定より57分も貯金がある。「もしかして23時間切りも狙えるか?」と一瞬色気が出るが、同時に疲労も蓄積してきた。ここでは楽しみにしていた人生初のゴーゴーカレーが良かった、売り切れていなかった。とはいえすさまじい暑さで、熱くて辛いものを食べるきになれない……けれどエネルギー摂取のため、半分ほどご飯を減らしていただいた。



お腹を満たし、十分に水も被って気持ちもリセット、まだまだ攻めるぞと元気にエイドを出発したが、この直後にレース最大のトラブルが襲った。スタートから7時間、なんてことないフラットなロードで突然、腰に激痛が走り、同時に両脚が一気に売り切れ、力が入らない。まだ半分も来ていない、この先大ボスも待ち構えている。取り急ぎ鎮痛剤、筋弛緩剤、胃薬を飲んだ。30分ほどで薬が効き始め、激痛だった腰は「重だるい疲労」程度まで改善。その後も念のため6時間おきに薬を追加し、大きな痛みに悩まされることなく走り続けられた。
次の関門までは、ガツンと登って、せっかく登ったのにまたガツンと下る山岳パート。そして関門の先にはレース最大のボス山が待ち受ける。この区間でかなり足を削られた。こんなに疲れた状態で次の難所へ進むのかと思うと、疲れと不安で気が重かった。


第4エイド、大日山登山口(A4)48kmにはそんな気持ちで到着。エイドでもらったジェルを急いで飲み干して気合を入れ直してすぐ出発。夕方にかけて迎えた大日山の登りは長くかったが、それまで越えてきた山々ほどの急傾斜ではなく、淡々と標高を稼ぐ。
一方でブヨが容赦なく襲ってきて、15箇所以上も刺されてしまった。拷問のような痒みで気が狂いそうになるが、「こんな虫地獄の山中に笑顔で立っているスタッフさん」に比べればどうということはない、と自分に言い聞かせて耐える。日没前の19時過ぎに大日山山頂に到達すると、霊峰・白山が薄暗いなか美しく佇んでいた。ここでスタート時から装着していた腰ライトに加えて、ヘッドライトもつけてナイトセクションへ備える。山頂スタッフから「4km先の林道で熊が出たので、集団で下ってください」と指示が。数名と固まって駆け下りることにする。幸い熊と遭遇することなく、自然とペースもあがり集中して走り、第2関門、県民の森(CP2)65.6kmへと飛び込んだ。



サバイブ完走の要因 ——仲間と大会スタッフの支えに感謝
県民の森(CP2)到着したのは夜10時過ぎ、経過時間約15時間(15:07:44)だった。当初計画より1時間10分も早いペースで到着。総合順位も283位から253位へ上げてリスタート(エイド出発時)。抜き打ちの装備チェックをクリアし(必携品不携帯での失格者が、私の知っている限り数名いた)、 ドロップバッグを受け取り、この先の不要品を預けて軽量化し、補給食を補充した。スタッフが「何個でも食べていって!」と言ってくださった笹寿司を3個平らげ、冷たいうどんも2杯すすった。
エイドを出発する際、私はスタッフに深々と頭を下げた。背中を押してくれる彼らの笑顔と「頑張れ!」の声が、私の足を前へと進めてくれる。ガッツリ食べたのと35分足を休めたことで体力、気力も盛り返した。


先の第5エイド、今立あいおす広場(A5)73.6kmには1時間26分巻きで到達。さらに目標を23時間に縮めることにした。しかし、後半最大の難所がこのあと待ち受けていた。噂に”やばい”と聞いていた「三童子」(さんどうじ)という、連続する小ピークの山群だ。
真夜中の山中で十数回とも言われるアップダウンに心が折れそうになる。おまけに耐え難い睡魔にも襲われる。横になって少しでも仮眠したいところだったが、ここでも今しがた熊が出たと注意を受けたばかり。この頃になると、前後に選手のヘッドライトの光も見えず、1人きりの時間も少なくない。疲れと眠さと恐怖に闘いながら、第6エイド、三童子登山口(84.5km)までの10.9kmに3時間以上かけてようやくたどり着いた。この間に大幅に貯金を取り崩してしまった。残り15kmでサブ23(23時間切り)は絶望的となり、目標を23時間半に修正する。



次の関門、鞍掛山(CP3)86.6kmまでは2.1kmととても短い。ついたのは午前3時半過ぎ、空が薄明るくなりかけた頃だった。おにぎり2個と熱々のラーメンをいただく。胃が温まるとこわばった体が少しほぐれる感じがした。
その先の鞍掛山の急登では、ロープを掴んでよじ登るような場面もあり、夜通しの疲労が一気に噴き出したが、朝焼けに空が紅くなりだし、いよいよ長いレースの終わりが見えてきた。眠気も消え、黙々とコースから数メートル離れた鞍掛山山頂を目指す。最後の急登を終えると、視界に広がる黎明の景色に胸が熱くなる。


あとはゴールの温泉街まで下るのみ。しかしこの下りが曲者だった。気力はあるが走れない。残り3km地点、脚は悲鳴を上げ、呼吸も苦しい。鶴仙渓沿いの美しい遊歩道を走っているのに写真を撮る気力もない。普段なら残り数キロは“火事場の馬鹿力”でスパートをかけられる私だが、今回はそれができなかった。

ラスト1km、山中温泉街には朝7時前にもかかわらず、多くの人が立ち並び、「おかえりなさい!」と笑顔で声援を送ってくれる。ぽろぽろ涙が溢れ、嗚咽しながら残り100メートルを進む。

ゴールとその先 – 未来の挑戦者へ伝えたいこと
23時間32分27秒で完走。日本初のUTMBシリーズ戦で念願のフィニッシャーとなった。
最後に調整して定めた、23時間半という目標には僅かに届かなかったが、フィニッシュテープを掴み上げた瞬間は何にも代え難い達成感に満ちていた。総合順位は227位/1164人、女子37位/156人、年代カテゴリー別では6位と健闘。何より、約38%という完走率の低さを知り、自分が生き残れたことに驚いた。
UTMBワールドシリーズのひとつに出てみたい、と軽い気持ちでエントリーを決めたが、練習を積んだ1年のあいだに、UTMB World Series Finalsの最高峰、UTMB(100マイル)に出たいと思い始めていた。完走して、エントリーに必要な2つの条件「100kmまたは100mileカテゴリの有効UTMB Index」と、「Running Stones」を獲得した。有効期間は2年間。再来年に出場する目標で計画を進めている。
こうして私のKAGASPA挑戦は幕を閉じた。ゴール翌日、サポートしてくれたパートナーがお祝いにシャンパンとご馳走を用意して待っていてくれた。家族や仲間の支えがあってこその完走だと、改めて感謝したい。
最後に、このレースへの参加を目指す方へ少しアドバイスを送ります。まず一般論として、レースは気候条件やコース難度によって想像以上に過酷になることもあります。今回も当初は雨の予報が一転して記録的猛暑となり、多くのランナーが序盤で脱落しました。天候に応じた柔軟な準備(複数パターンの、暑さ寒さ対策・装備・補給計画)は必須です。あとはなんといっても水。少しでも荷物を軽くしたい気持ちはありますが、水だけはとにかく十二分に持つこと、今まで何度も水切れで苦しんで、ようやく学びました。今回は合計9リットルの水分を摂りました。(体重は2キロ減)
そして何より、仲間と大会スタッフの存在を大切に。トレイルランは基本的に個人競技ですが、苦楽を共にする選手間の声掛けは絶大な力になります。お互い助け合う精神がサバイブの鍵です。また、ボランティアやスタッフの方々の献身的サポートには心から感謝を。過酷な環境の中で笑顔で対応してくださり、エイドごとに「次も行けるよ!」と背中を押してもらえたことで最後まで前向きに進めました。ゴール直前、「おかえりなさい!」という声がどれほど胸に響いたことか。その感動を味わえるのがUTMBワールドシリーズの素晴らしさでもあります。
「もうこの大会は辛すぎるので卒業!」と宣言したほど過酷なレースではありましたが、振り返れば得難い経験となりました。完走できた要因は、それまで28戦のレース経験で培った知恵、日頃練習に付き合ってくれる仲間たち、そして支えてくれた家族、パートナーの存在です。次なる挑戦者の皆さんも、ぜひ周囲への感謝を忘れずに、自分を信じて一歩踏み出してみてください。このKAGASPAの大地は、苦しみ以上の感動と成長をきっと与えてくれるはずです。

