ちょっと変だけど、毎日がちょっと豊かになる ― YUの「愛車のある暮らし」#02
YU ヤマハSR500 2022.10.18前回のエピソード01では、いたいけな少女がひょんなことからバイクに乗り出す話をした。ホンネを言うと過去を振り返る作業は私にとってはちょっと苦しかった。誰しもそうだろうけど、いい思い出ばかりではないからだ。
スポーツを続けることができなくなったのは、諦めや妥協なんかじゃない。自分への新たな挑戦だと、思いたい。
過去があるから今がある。このどうしようもない自分を救ってくれたのは、静かに佇み、そっと微笑みかけてくれた相棒(愛車)のおかげであることは言うまでもなかった。
私の、はじめてのバイク
「私がファーストバイクとして選んだのはSRだ。今でも手放さず大切に乗っている」
と、言えたらカッコよかったのだが真実はちょっと違う。
大学生の頃。巷では、NinjaとかホーネットとかCBが流行っていたが、どれも私には違う気がした。「軽いのがいいな。見た目はTHEバイクで……愛嬌がある感じ」そう、もう速く走るのは疲れたんだ。これからの人生はゆっくりかみしめて生きていきたい。スルメのように……。
私らしいバイクってなんだろう。
人生には幾度となく難しい選択を迫られる時があるが、仕事、結婚、その次に「バイク選び」を私は加えたい。
バイクで人生が変わるなんて表現、決して大袈裟ではない。今思えば、学生時代はだいぶ鬱だったと思う。それが今ではこうだ。
当時の交友関係ではバイクの相談に乗ってくれる人はおらず(親にも内緒で中免を取りにいったくらいだから)、はじめてのバイク選びにはかなり困った。今ならSNSやYouTubeで探すこともできるが、当時は全然機能していなかった。もちろんその頃の私には「バイクに乗る女性」像も存在しない。
分からないなりにも色々ネットで調べてみたら「SR」というバイクがあるらしい、ということを知った。私は居ても立ってもいられず、バイクショップへ意気揚々と向かった。そこのオーナーはいかにもバイク屋の頑固そうなおじさんだったのを今でもハッキリ覚えている。恐る恐るヤマハSRを間近で観察すると、やっぱり綺麗だな……と思った。
食い入るようにバイクを眺める変な子に対して、オーナーが一喝。
「女の子にSRはだめだめ! キックしかないから!」
いきなり門前払いをくらった。ちょっとほろ苦なバイク屋デビューとなった。でも結局、未練がましくSR似の「スズキST250」というバイクを私は買うことになった(別の店でね)。
愛を込めて言わせていただくが、私のファーストバイクはSRのパチモンみたいな、(いや失礼)スズキが産んだロングセラーバイクであるST250。昔はボルティーという名前だったり、スターターとしてセルとキックアームが両方与えられた時代もあった。
私はST250 E-Typeを新車で買った。実家に誰もいない昼過ぎの時間帯を狙い、レッカーでバイクを届けてもらえることになった。ところが当日。業者さんがレッカーからバイクを降ろしているタイミングで自営業(自由業)の父がふらっと家に帰ってきた。最悪だ。あっけなくバレた。あんなに内緒で免許センターに通っていたのに。
STはそんなこともお構いなしに誇らしげに佇んでいた。ご主人様の元に来れて嬉しそうな犬みたいだった。塗装されたばかりのミッドナイトブラウンという艶やかな色が美しかった。
丸みを帯びたそのおもちゃみたいなバイクで私はどこまでも走った。ちょっと鈍臭いけど、やたら燃費が良い。急坂では止まりそうになるほど非力だったけど気軽にトコトコ走れるかわいいやつだった。私は、STを"トコちゃん"と呼んでいてそこそこ気に入っていた。
あてもなく走るのも好きだが、一人で、足柄峠、三国峠と山を抜けて山中湖を眺めながら、お気に入りのうどん屋まで走るコースが大好きだった(柳原という私の昔の芸名は山中湖を望むパノラマ台の地名からきている)。
そんな充実したバイクライフだったが、なぜか猛烈に惹かれたあのSRのことは忘れられなかった。自らの脚で、エンジンに火をいれる儀式。なんてロマンチックなんだろう。
キックスタートはロマンチック
今までスポーツで体を鍛えてきたのはこのためだったのかもしれない、と思わせてくれるそんな乗り物だと思った。アスリート晩年の成績は全くふるわなかったけれど、このバイクに乗れば無駄のようなガンバりがすべて報われる気がした。
もう一度、SRに挑戦してみたくなった。
紆余曲折あり、私はヤフオクでSRを買うことにした。(こうすれば頑固オヤジも文句は言えまい……)ただヤフオクは非常に経済的だが、あまりオススメはしない。詐欺が多いとも言われる。現に私はSRの前にドゥカティを入札したのに、途中でドタキャンされたことがある。そんなことにもめげずに、せっせとまたバイクを探していた。
たまたま私の目に留まったそのSRは1983年式の「SR500 SP」と呼ばれるものだった。ちいさいアルミタンクが乗っかり、セパレートハンドルが取り付けられて、なんちゃって英国車みたいな雰囲気。弄ってあるが年代物にしては綺麗だった。落札日は本日の夜中、車体価格は20万円也。
丁寧な商品説明を熟読し、最後の「純正パーツもすべてお付けします」に惹かれてすぐ入札することに決めた。
オークションは世紀の大接戦になると思い、片時も目を離さなかった。最後(3秒前)で初めて「えいや!」と入札をいれた……! いけ……!!と切に願った。数秒後、「落札おめでとうございます」。
予想外なことに、私以外に誰ひとりとして入札者は居なかった。こうして私のSRライフは始まった。
初期型SR500がタイヘンなバイクだとは、露知らず。
<つづく>