INTERVIEW

オリンピックウェア請負人・古田雅彦のフィロソフィー 第2章:オリンピックウェアの裏側

Sumire Mawatari 2023.12.15

世界各国から4年に一度の「その時」を求めて、トップ・アスリートが集結する「オリンピック」。代表選手として選ばれ、袖を通すだけでも栄誉であるオリンピック選手のためのウェアはどのように生まれるのだろうか。そして、デザインを手掛けているのは一体どんな人なのだろうか。これまで、数々のオリンピックウェアをプロデュースしてきた古田雅彦氏に尋ねた連載の第2回をお届けする。

「NO」と言う瞬間

多くのスポーツブランドは、一回のオリンピック大会で複数の国や競技と契約を結びます。その場合、国によってカラーは異なるものの、ベースとなるデザインは共通しています。かつてスポーツブランドにいた頃は、20カ国を同時に担当したことがありましたが、その時は色々な国からユニークな要望が飛んできました。例えば、ブラトップ(ブラ付きキャミソール)をつくった時は、ストラップ一つとっても、ある国は「細くしてくれ」、別の国は「太くしてほしい」と意見が大きく分かれました。ブランドとしては、大会や製品ごとに明確な方針を持って臨んでいるので、折り合いをつけながら、個別対応については「NO」と言う判断力が求められた経験でした。

スポーツウェアのデザインに関わっていると、デザインした競技服を目の前にした時は格好良かったのに、テレビ画面を通して見ると全然目立たないということが、よくあります。ですから僕は、競技場に足を運んだり、選手の練習に立ち会ったりして、現場の場数を踏むようにしていました。そのお陰で、ウェアの印象はもちろん、服の動き方やサイズ感も確認することができました。けれども職業病でしょうか、プライベートでサッカー観戦をしても、試合の展開よりウェアばかりに目が行くようになってしまいましたね。

2012ロンドン五輪会場:大会開催中は各競技会場に移動しながら他社動向なども視察し、次のプロジェクトの素案などを関係者と組み立てていく。日中やナイターの照明下でユニフォームなどがどのように見えるかを、競技会場ごとに再度確認し評価する。もちろん競技観戦も楽しみの一つ。
競技場と練習場を行き来しながら、選手や関係者からのフィードバックなどを受ける。独特の場の空気を感じるには常に現場に出向くことを大事にしている。

アスリートの声を求めて

オリンピックウェアはおよそ3年かけて完成しますが、デザインをする上で欠かせないのが、選手たちの“生の声”です。僕たちデザイナーはその声を求めて、可能な限り多くの関係者と会い、現場を訪れてサンプルに実際に袖を通してもらい、1スロット目は陸上、2スロット目はテニス、その次はバスケットボール……と、まるでインターバルのようにヒアリングを重ねていきます。

サンプルを着用するのは、現地のオリンピック協会が呼んでくれたアスリートたち。彼らは、国を代表する強豪選手ですが、まだオリンピックには内定していません。オリンピックに出られることがまだ決まっていないのに、未来のオリンピックウェアを着るのは、きっと不思議な感覚でしょうね。

ヨーロッパ発祥のウインタースポーツは競技人口やレベルが非常に高く、アスリートからの細かい要望への対応が常に求められる。競技と現場、選手の思いを知らずして製品開発は絶対に行えない。

プロフェッショナルの現場

選手の身体ギリギリにきわめてタイトに作られた、世界記録を出すようなスイムウェアを着せるのに、ふたりがかりで1時間かかる。かつてそんな話が話題になりましたが、競技服のデザインは、「ここまでやるの!?」という驚きの連続でした。

ある若手アスリートにサンプルを着てもらったら、「服のこの部分にシワが寄るだけで、タイムが落ちてしまう」と、深刻な顔で言われたことがあります。その時は、1ミリ削って、2ミリ出して……と、ミリ単位で細かく調整していきました。まるで工業デザインに近いアプローチでしたね。途方もない作業でしたが、競技によってはこのようにカスタムメイドでやっていかないと数字やデータにも如実に影響してくるので、スタッフは皆真剣な表情でした。

オリンピックウェアの開発では、デザイナーをはじめ、素材メーカーなどのスペシャリストたちが一堂に会して、意見を交わす機会もあります。過去には、水泳選手のスイムスーツが違法扱いになったり、最近ではスキージャンプ選手のウェアが原因で失格になったりしていますが、我々が知り得ないルールやレギュレーションも数多く存在するため、競技審査員がディスカッションに加わることもあります。

デザイナーは、本来デザインをするのが仕事とはいえ、ブランドの方針に従った企画開発の考えを関係者やアスリートに明確に伝えつつ関係を構築し、各国の人々の意見も柔軟に取り入れながら完成に近づけていく手法を大事にしています。つまり実は、交渉・折衝をすることが仕事の重要な部分を占めるのです。

同時に、競技の現場でいかに個人が成績を出すか、逆にルールに則ってアンフェアな行為となってしまうことを避ける、テクニカルな側面も重視しなければなりません。

<つづく>

モノづくりの指標は所属ブランドごとに異なるが、開発業務はデザインだけに留まらず、素材や仕様、構造など細部にわたる調整なども、様々なヒヤリングを元に、チームやサプライヤーと一緒に完成へと進めていく。

古田雅彦
東京都浅草出身。中高大と陸上競技に青春を捧げる。その後 渡仏しパリのエスモードに留学。帰国後ファイナルホーム、イッセイミヤケを経て、アディダスに入社。渡独しドイツ本社にてグローバル向けの製品開発と並行して様々なプロジェクトを統括。2012年ロンドン夏季大会を皮切りに、14年ソチ冬季の各国選手団のウェアを手がける。帰国後アシックスにて、16年リオ、18年平昌、20年東京五輪に従事。19年ユニクロに入社、店頭グローバル企画と並行し22年北京大会、24年パリ大会のオリンピックプロジェクトを歴任。3ブランドにて合計7大会の最先端製品開発を手掛ける。23年に「MILD LLC」を設立。

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