INTERVIEW

N響コンサートマスター篠崎史紀が語る 「僕が夢中になったもの」#04

最終回:僕がたどり着いた場所

馬渡 菫 2023.06.06

NHK交響楽団で長年コンサートマスターを務めてきた音楽家・篠崎史紀。
「マロ」の愛称で親しまれ、個人としても「MAROワールド」や「マロオケ」などの活動を通じてクラシック音楽の魅力を広く伝えてきた。華々しい経歴とは裏腹に等身大の“少年”でもあった篠崎氏。そんな彼の原風景に迫った。

最終回は、今年4月にN響の特別コンサートマスターに就任した篠崎氏に、自身の仕事について伺った。

コンサート前に

演奏会の直前は、その時に一番好きなことをするようにしています。イチロー選手のように“球場に行く前に必ずカレーライスを食べる”というようなゲン担ぎはしていません。ルールとして決めているものはなく、自分の直感にすべてを任せている状態かもしれませんね。

ただ、小指の指輪は外したことがありません。幼い頃、当時テレビで放映していたアニメ「大魔王シャザーン」にとても影響を受けていました。兄妹がお互いの指輪を合わせて「出てこいシャザーン!」と叫ぶと、魔人が現れてピンチを救ってくれるんです。そのシーンに憧れてしまって、幼い頃はいつも、輪ゴムを指に巻いて遊んでいました。その名残でしょうか、小指の指輪はたくさん持っています。

普段は、好きなものに浸る時間も大切にしているという。スター・ウォーズの熱烈なファンで知られる篠崎氏に、コレクションの一部を見せてもらった。ヴァイオリンのミュート(消音器)に付けられたのは、C-3POの人形。テールピースに描かれた鳳凰の蒔絵に、ゴールドの輝きが不思議と調和する。琥珀色の丸い物体は、市販の松脂を溶かしてダース・ベイダーの人形を置いたケースに注ぎ固めた、自作の松脂。斬新な発想から生まれたこれらのアイテムは、篠崎氏のヴァイオリン活動を陰ながらサポートしている。

演奏を通して着地点を導く

「コンサートマスターってどんな仕事ですか?」とよく聞かれます。オーケストラに嗜みのある方であれば、指揮者のすぐ横の最前列で演奏するヴァイオリン奏者のことを指し、演奏をリードするというイメージを持っているかもしれません。それは形式的には間違っていませんが、本当の意味での役割は意外と知られていません。

オーケストラはプロの音楽家たちの集団で、「良い演奏を届けたい」という共通の想いを持っています。100人を超える楽団ですから、対立が起きないわけではありません。例えば、指揮者と楽員の意見が分かれてしまったときは、コンサートマスターがその調整をします。お互い人間ですし戦争ではありませんから、対話の中で着地点が自ずと見えてくることがほとんどですが、コンサートマスターの真骨頂は、お互い納得できる場所に知らず知らずのうちに着地できるよう導くことですね。実際には、このような局面に出くわすのは10年に1度あるかないかですが、キャリアを通して確かに訪れる瞬間ではあります。

その場の雰囲気をとらえて、練習や演奏会をちょっとだけサポートしていく。それが、僕が考えるコンサートマスターのイメージです。よく、リーダーという言葉で表現されますが、いわゆる一般的なリーダー像とは少し趣が違っていて、コンサートマスターのポジションは1人で築くものではありません。楽員みんなで作り上げていくものだと思います。

篠崎氏がN響のコンサートマスターに就任したのは、1997年のこと。以来、100人を超える楽員をリードし、日本のクラシック音楽界を牽引してきた。

神と向きあえばブレない

ありがたいことに、クラシック音楽の世界には絶対神がいます。それは、作曲家。例えば、ベートーヴェンの曲に関しては、ベートーヴェンが唯一絶対の神です。ですから、まずは作曲家に敬意を払って従うことが、クラシック音楽をやる上での大前提になってきます。事実、ベートーヴェンが生まれてからおよそ250年間、今日まで彼を超えた人は存在しないのですから。

クラシック音楽は、曲が誕生してから今日まで、大きな流れの中で受け継がれてきました。僕たち音楽家は、そのクラシック音楽を次の世代へ“バトン”として繋いでいく作業をしています。ただし、時代が変わっていく以上、バトンそのものも不変ではなく、少しずつ変容はしていきます。クラシック音楽を勉強してきた時代や場所によって、多少のズレはあるかもしれません。演奏法ひとつとっても、ここ20年くらいで大きく変わってきてますからね。でも、どんな曲にも“作曲家”という絶対神が必ず存在するので、目指す方向や考え方が大きく変わることはありません。“神様”と向き合うスタイルは様々ですが、向き合っている以上、軸はぶれないのです。

大事なのは、自分たちの中できちんと整理をし、スタイルを確立することです。N響の流儀に沿った形で演奏するためには何をすればよいのか、指揮者の言葉はどのように解釈すればよいのか……その時々の状況にあわせてプロファイリングできていれば、それほど大変なことではありません。

創造という意味での継承

きっと本当は、過去へタイムスリップして、ベートーヴェンやモーツァルトといった作曲家たちと話してみれば、一番早いのかもしれません。でも、彼らが現代にタイムスリップして演奏会を聴いたら、「全然違う!」って怒られてしまうと思います。

やはり、その時代の常識というものがありますからね。例えばウィーンからザルツブルグまで行くためには、昔は馬車に3日間も揺られなければなりませんでした。昔と今では、ベースとなる考え方が異なることが多いので、きっと、いろんなものが違って見えると思います。

人間は、必ず老いて死んでいきます。生きている間も、人間も社会の常識も少しずつ変わり、同じ状態で過ごすことは難しい。ですから、移り変わる時代の中で、いかに“今”の時代の空気に合ったかたちで生み出していくか。“今”伝えられることを全て伝えておくか。このことを意識するだけでも、見える景色が違ってくるのではないかと思います。普遍的なものを普遍たらしめるためには、矛盾しているかもしれないですが、継承の際に変化が必要だということです。誤解を恐れずに言えば、“創造”と言ってもいいかもしれません。

4月にN響特別コンサートマスターに就任し、R.シュトラウスの大曲「アルプス交響曲」で新たな門出を切った篠崎氏。 数々のレコーディングや外国公演も共に経験した、名誉指揮者パーヴォ・ヤルヴィとともに。継承はこれからも続く。

愛こそが不変

でも、遥か昔から変わっていないものがあるんです。それは、愛です。歴史を遡ると、紀元前4000年、シュメール人によってこの世に文字がもたらされたと言われていますが、すでに当時の文献に愛について記されたものが残っています。

親子、男女、友情、巡り合ったものへの愛……これらは、時代を経ても大きく変わっていません。こういった昔から変わらないものに対して発想を広げていくことができれば、あらゆる時代の人と時空を超えた分かち合いができるのかもしれないですね。太陽が西から昇ったことがないように、起きて、食べて、愛して、未来へ繋げていくという人間の営みは、いつの時代も変わりません。どの時代にもたしかに愛が存在するからこそ、時空を超えて作曲家と繋がり、その心情に想いを馳せることができるのです。これは演奏者だけでなく聞き手も同じことだと思います。

篠崎史紀 プロフィール
北九州市出身。3歳より父篠崎永育よりヴァイオリンの指導を受け、1981年ウィーン市立音楽院に入学。88年帰国後、群馬交響楽団、読売日本交響楽団を経て、97年よりNHK交響楽団のコンサートマスターとして活躍。今年1月、定年のため第1コンサートマスターを退任。4月より特別コンサートマスターに就任。現在は昭和音楽大学、桐朋学園大学にて教鞭をとる。WHO国際医学アカデミー・ライフハーモニーサイエンス評議会議員。
https://maro.shinozaki-vn.com/

◆NHK交響楽団 定期公演スケジュール
「第1986回 定期公演 Aプログラム」
1日目 2023年6月10日(土) 開演6:00pm NHKホール
2日目 2023年6月11日(日) 開演2:00pm NHKホール

「第1987回 定期公演 Cプログラム」
1日目 2023年6月16日(金) 開演7:30pm NHKホール
2日目 2023年6月17日(土) 開演2:00pm NHKホール

「第1988回 定期公演 Bプログラム」
1日目 2023年6月21日(水) 開演7:00pm サントリーホール
2日目 2023年6月22日(木) 開演7:00pm サントリーホール

お問い合わせ
N響ガイド:03-5793-8161(平日:11:00~17:00)
https://www.nhkso.or.jp/

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