STORY

禁断のメカ “K-Jetronic” 素人オーバーホールのゆくえ(前編)……Der FREIRAUM デアフライラウム“自由な余白”♯24

険しい道のり

横川謙司 フォルクスワーゲン・ゴルフ 2024.09.07

「絶対に中を覗かないと約束してください」
鶴の恩返しみたいなドイツ・ボッシュ製の黒い塊 “K-Jetronic” を、堪え切れず分解してしまった私。そこからの道のりは険しく、清掃して組み立て→燃料漏れで再分解、を結局4回繰り返しました。そして、ついに治しました! オーバーホール成功!!(たぶん……)

どれほどの人が、このガソリン臭い話にお付き合いいただけるか甚だ不安ですが、綴らせていただきます。

格闘すること実に10ヶ月。初期の分解清掃では、まず、構造の理解から始めましたが、ゴルフのエンジンルームに張り巡らされた燃料系統の複雑さにまず驚きます。単純に、ガソリンタンクから来た燃料がインジェクターから噴射されてエンジンが回っている……訳ではないのですね。自動車整備のプロの方には常識なことも、私のような素人には難解で、冷間時のスタートや、エアコンONでの回転数UPのためなど、とにかくK-Jetronicの黒いメカはあちこちと連携しており、これだけを分解清掃してもダメなのでは? と暗雲の立ち込めるシーンが幾度もありました。

最初に分解した時は、酷い状態でした。

とは言え、目の前の黒いメカは、例のプランジャ固着に始まり、内部に開けられた非常に繊細なトンネルが「タール化したガソリン」で詰まっており、まずはこれを清掃しないと話にならん、という状況でした。ガソリンは長期間放置されると揮発成分が飛んでいって、粘り気のある物質となって残留するそうで、それはもう、この繊細なメカに対してはなんと恐ろしい状況かと思います。K-Jetronicは、大変精密に作られていますが、動かし続けていれば摩耗したり壊れたりするような箇所はなく、不調のほとんどの理由は、この「タール化ガソリン」と思われます。そういう意味では耐久性はあるのだけど、長期の不動には弱く、長い眠りにつかせる場合は、とにかくこのメカからガソリン成分を追い出すことが肝要です。

チャレンジ1回目

ボルトやワッシャーの位置を記録しながら分解。

分解清掃チャレンジの初回は、2023年8月初めでした。やっとのことで分離した上下の黒い鉄の塊。この時は、上半分は分解すると戻せなさそうなオーラを感じたのと、とりあえずプランジャ固着を解消しようと思ったので下半分だけ清掃しました(びびり)。とくにプランジャがスライドする筒部分は、ものすごく細かなフィルターがついていたり、ゴムパッキンの留め金が不思議な付き方をしていて、不安度MAX。外した各パーツを容器に入れて、クリーナーに漬け込みます。邪悪な茶色の液体が流れ出してきますが、本体内部に錆のようなものはなく、やはり古いガソリンが悪さをしていた模様。エンジンクリーナーを吹きまくり、穴という穴を貫通させます。固着していたプランジャは、万が一にも削りすぎないように模型用の「タミヤ仕上げ目コンパウンド」で慎重に磨きました。

プランジャを筒に戻してみます。筒の中のプランジャは自重でゆっくりと吸い込まれるように落ちるのが理想、ということで、何度もコンパウンドで磨きます。削りすぎはガソリン漏れにつながり、交換パーツなど望むべくもないので、人生でもなかなかの慎重ぶりで理想のクリアランスを追求。ふう……。

一夜明け、清掃が済んだパーツを忘れないうちに組み立てます。プランジャの動きは滑らか。しかし、ここで問題発生です。プランジャの筒を本体に挿入する際に、回転方向の角度を決める目印がないため、正しい向きがどうなのか自信が持てない事態に……。分解前の写真をたどりながら、なんとか見た目は元の姿に戻りました。エアフロメーターのベースにK-Jetronicを固定します。実際は、このエアフロメーターとプランジャ連携の調節がこれまた非常に繊細なのですが、それはエンジンをかけてみないと調整不能なので、この時点では適当に。

さて、プランジャ固着を解いたK-Jetronicは、茨木の工房へ発送されました。果たして、エンジンはかかるのでしょうか。10日ほどして、茨木から連絡が。実際にエンジンにK-Jetronicを取り付け、イグニッションを捻ってみるものの、やはりエンジン始動には至らず。各気筒行きの燃料の出方のバランスが取れていない模様。最後にプランジャ筒の角度をフィーリングで決めたのが問題かも、と大変思い当たるフシもあって、急遽、修理道具を持って大阪茨木へ行くことにしました。

チャレンジ2回目

第2回目の分解は2023年お盆の頃。クリーナーやピンセット、照明付き拡大鏡などを抱え新幹線で大阪に向かいます。列車内ではボッシュのマニュアルをさらに読み込むのですが、構造と仕組みについては詳しいものの、分解と組み立てには一切言及していません。そもそも分解禁止なんだから仕方ないのですが、今回迷いが生じたのは組み立ての段。工房に着いて、実際に始動シーンを見てみます。「ブォン!」というシーンを期待していたのですが、キュルキュルとスターターが回り続けるのみで、始動する気配はありません。点火(電気)は問題なさそうで、やはり燃料がちゃんと送られてない感じ。K-Jetronicから各気筒へつながる燃料ホースの根元のナットを緩めてみると、残圧で漏れ出すガソリンの勢いが気筒ごとにバラバラです。ここは揃っていなければおかしい。やはり組み立て時の妥協が影響しているのかも。プランジャ筒をブロックに挿入するときに、4つある小さなゴムパッキンがかなりの抵抗になっていたのを無理やり押し込んだので、パッキンが捩れて経路を塞いでいる可能性と、ブロック側の4本の縦穴に空いているガソリンの通り道と、筒側の4本のスリットがずれている可能性が考えられました。

いずれにせよ再分解です。やはりプランジャ筒を引き出そうにもすごい抵抗……パッキンが噛んでるに違いない。「ありゃ!」 無理に押し込んだパッキンが変形して、その上にある超繊細なフィルターの樹脂製の枠を押し潰しています。ガソリンが各気筒へ均等に送られないのはこの辺りが原因か。

一旦バラします。フィルターの枠が歪んでいるのを超慎重に戻します。割れてなくてよかった。今回は、前回スルーした上半分も分解清掃にもチャレンジ。極薄のステンレス板(メンブレン)をカッターの刃を差し込んで剥がします。するとバネの入った弁のような機構が出現。元に戻せるだろうか。文字で伝えるのは難しいのですが、このステンレス板がほんの少ーし(たぶん0.1~0.2mm) 圧力でペコっと凹むことで経路が開いて、ガソリンがインジェクターへ送られます。なんという繊細なメカ! 電子制御など一切なくすべて機械仕掛け、燃圧でコントロールされています。すごい! すごいけど、もう少しシンプルに出来なかったのか? この部分の詰まりなどはなく、問題なさそうです。

しかし、図面にある「コントロールプレッシャ」という圧力がやってくる穴が見当たりません。これは、エアフロメーターで押し上げられたプランジャを元の位置に押し下げる力になります。これが詰まってしまい「全開」で固着したのかもしれない。でも図の位置にそんな穴はない。とにかくエンジンクリーナーを穴という穴から吹き込んでみます。「ん?いま泡が出たぞ」。あちこちからクリーナーを吹いている最中、それまで何もないと思っていた箇所から気泡が出たのです。

矢印の位置に0.01mmの重要な穴が開いています。

「これ?これなの!?」。穴を見つけました。いやもう、直径0.01mmくらいだと思います。そんな直径で、こんな重要な任務を果たしていたのかお前は。K-Jetronicの上半分の頂点にあたる部分に隠れていた髪の毛が通るか通らないかという穴……おかしいでしょ? 鋳物のような鉄のブロックの中の直角に折れた経路の途中にその0.01mmの穴が空いているんですよ。どうやって加工した? この穴からの燃圧で、プランジャを戻してるとは。考えたひと宇宙人! ボッシュ星人に違いない!!

さて、そのミクロの穴も貫通し、再組み立てです。今度はパッキンが捩れないようにワセリンを塗りました。相変わらずきついけど、なんとか収まった。そして懸案の筒の角度です。世界中のK-JetroチャレンジャーのYouTubeを見まくり、確証はないがこれかも、という根拠を見出しました。筒の下部にある切り込みを、ブロックの対角線に揃える。これでブロック側の穴と筒のスリットも揃うはず。無事に見た目は元通り、今回は一歩前進してるはず……。

この日はここまでで、来るエンジン始動に期待し、お疲れさんの呑みへ。一日中ガソリンまみれの格闘をしていただきありがとうございました。もうみなさん黒いメカのガソリン臭い話はお腹いっぱいと思いますが、素人が分解清掃して最終的には復活した、という例はあまりないと思いますので、このお話、次回も続きます。

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