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1/1組み立てキット、パーツ沼を脱して完成へ:Der FREIRAUM デアフライラウム “自由な余白” ♯30

長い道のりがついにゴール!?

ライター:横川謙司 / フォトグラファー:平林克己 フォルクスワーゲン・ゴルフ 2025.09.19

前回、塗装後のシャシーにサスペンション類を取り付け、タイヤを装着、四輪で大地に降り立ったところまでを綴りました。ボルトの一本まで残らず解体したので、その逆をたどって組み立てていかねばなりません。今回は、最終組み立て工程からエンジン始動まで一気にまいります。

見栄えもさることながら、安全性や耐久性など、実際に走行させることを念頭におくと、組み付け手順やトルクなど、到底私一人では心許なく、エンジン搭載などは相応の設備がないと手も足も出ないわけで、改めて中央自動車鈑金工業所の皆さまに感謝申し上げる次第です。

ライトは自動車の眼、なのでしょうか。急に表情が。まだ怖いですが。


大抵の部品は世界のどこかで見つかる、けれども……

クルマ一台分のパーツ、こんなアナログなCaddyでも、その数は実に膨大で、特に強度を必要とするボルト類などは、きちんとDIN(ドイツ工業規格)の強度刻印のあるものを取り寄せたりして、この頃は毎日パーツ図と睨めっこでした。Volkswagenは、新車をリリースした後も細かな改善と見えないところのアップデートをし続けるメーカーで、同じ年式でもあちこち改良点が見つかります。

レストア部品を探すには、まず、1983年式Caddy、1.5L、4MT、といった基本仕様から辿っていくわけですが、同じ1983Caddyでも、仕向地や仕様によって、部品構成的にはそれはもう膨大なバリエーションが存在します。

大抵の部品は世界のどこかで見つかるのですが、取り寄せても合わないということがけっこうあって、そこが一番苦労した点かもしれません。特にエンジンのガスケットには苦労しました。エンジン形式にフィットするものを取り寄せるのですが、これが合わない。エンジンブロックに開いている冷却水の通り道、その位置や形が合わないのです。しかも、同じ品番のガスケットで数種類見つかる。結局4枚買って、最後は「一番形が近いもの」を採用。合わない穴は自分で開ける、という事態に……。

さらに、エンジンブロックから出ている冷却水フランジという部品も、番号は同じなのに形が違ったり、センサーを取り付ける角度が正反対だったり。排気管を取り付けるエキマニのパッキンも、どうみてもエンジン側の穴と合わなかったり、ブレーキマスターシリンダーも何種類もありました。結局3本買いましたよ。ドアをボディに取り付けるボルトも、途中で太さが変更になったようで、最初に取り寄せたものは合いませんでした。

下がオリジナル。似てるけど違う、同じ品番。 
そもそもがオーストリアで分解された状態だったので、何が正解なのかわからないところも多くて、だんだん途中から「なんとかなるだろ」という境地に。パッキン類も自分で型取りして作った方が早い、ということで、何枚か切り抜きました。そんなこんなで、毎日のように海外から届く部品をさばきながら、尼崎に赴いては組み立てを進めます。

いよいよ最終組み立てへ

組み立て工程のいちばんの大物といえば、やはりエンジンでしょう。分解清掃したシリンダーヘッドを組み付け、フライホイールを取り付け、徐々にエンジンらしくなっていくと同時に、重量も嵩んでいきます。

エンジン搭載は、リフトアップしたシャシーを少しずつ下げていく方法を取ることにしました。ボディの作業は、荷台下にガソリンタンクを取り付け、給油口周りを組み立て。タンクの設置は簡単でしたが、給油口とタンクを結ぶ経路に横転時の安全対策弁があり、意外と複雑でした。


内装の組み付けは、見栄えに大きく影響するところなので、これまた慎重さを求められる工程。フロアの形状に成形された新品のカーペットを敷きます。シートレールのところは自分で切り抜け、と説明書にあります。怖い……。

真っさらのカーペットでぐっと自動車らしくなり、難関の天井貼りは、ベテランの方にサポートいただきながらボンドと格闘、100点満点ではないけれどなんとか形にすることができました。これは難しかった。工場ではいったいどうやって量産していたんだろう……。

天井貼り作業中。この形のクリップをこんなに大量に買うとは。

さぁ、そして組み立てのひとつのクライマックス、エンジン搭載です。VWの生産工場では「結婚式」と呼ばれるこの儀式を、ここ尼崎でも執り行います。


リフトで持ち上げたシャシーの下に位置を合わせてエンジンを置き、慎重にシャシーを下ろしていきます。途中、何度かエンジンの向きを微調整しながら、時には数ミリずつ下げていき、三箇所あるエンジンマウントを合わせていきます。1時間ほど格闘して、シャシーにエンジンが載りました。

ついにここまで来たか……です。多くの部品を新調しているので、エンジンルームの眺めは新車のよう。クーラントホース、ラジエター、アクセルワイヤ、クラッチケーブル、新品パーツを開封し、どんどん組んできます。点火系の配線、ハーネスのコネクタも挿し込んでいき、キャブレターを備え付けると、エンジンはすぐにでも息を吹き返しそうです。

いよいよ、エンジンオイル、ミッションオイル、ブレーキフルード、クーラントなど、ユニルオパールさんが提供してくれた油脂類を注入します。長さを自分で切って調整したブレーキパイプからフルードが漏れませんように(祈)。

エンジンとシャシーの結婚式。ありがたい設備。
油脂類はフランスのオイルメーカー、UNIL OPALさんのご提供。  
エンジンベイにおさまった1.5Lガソリンエンジン。

メカ的な微調整が続く中、私は自分でできる作業を進めます。ヘッドライトの取り付けでは、イギリスから取り寄せた左側通行用のレンズを箱から取り出し装着すると、一気に表情が生まれて、私の大好きな「初代Golf」の顔が現れました。はやくバッテリーを繋いでみたい!

そんな気持ちを胸に、作業は電装系へと進みます。これは、超文系の私には難易度が高すぎ、サポートに来てくれた空冷VWショップ・ヘルムの”てんちょー”がガシガシと進めてくださいました。

ぐちゃぐちゃのリード線の束にしか見えないハーネス、コネクターの種類が何十もあるのは「ハマるところにしかハマらない」ということなのですかね。エンジンルーム内は、ハーネスについた曲がりグセが接続のヒントになりました。それでも、どこと結ぶのかわからない配線もあり、バッテリーをつないでの動作確認までお預けに。

内装とハーネスがある程度収まって来て、いよいよダッシュボードの装着へ。ここまで来ると「自動車感」は申し分なく、骨組みだった頃のCaddyの面影はありません。このダッシュボードは、ネジ穴が開けられていたり、いびつなスピーカー用の穴が切り取られていたりしましたが、なんとか自分でレストアして、まぁみられる状態になりました。


しかし、またここで問題。スピードメーターケーブルが合いません! メーターに挿さる部分の形状が数パターンあることが判明。また別のケーブルを発注です。

内外装がどんどん進み、私はドアの内張や三角窓の取り付けに挑みます。クーラーのないクルマには三角窓が超有効です。これは、元々ついていたものではなく、廃車のGolfⅠから拝借してきました。実は、今回の組み立てにあたり、オーストリアから付いてきたフロントガラスが「アンバー色」であることがわかり、クリアなガラスを探していました。その時より一年ほど前に、GolfⅡで有名なスピニングガレージで土に還る途中のGolfⅠを見せてもらったのを思い出し、フロントグラスを部品取りさせていただくことに。

1980年式のそのGolfからは、クリアなフロントガラス類や三角窓、ダッシュボードや内装周りの純正ビス、ボルトをいただいてCaddyに使わせていただきました。お忙しい中、総出で部品取りGolfの移動にお力添えいただいたスピニングガレージの皆さまに改めてお礼申し上げます。感謝。

エンジン載った。ハーネスついた。内装ほぼ完了。ブレーキ系統接続。油脂類注入とくれば、いよいよバッテリー搭載です。

エンジンルームに新品バッテリーをおさめ、電極を繋ぎます。ヘッドライトスイッチを入れると……あれ?点かない。しかし、ハイビームにすると見事点灯! 長い眠りからCaddyが目覚めた瞬間……感無量です。スイッチ周りか、リレーか、ヒューズボックスか、ハザードやウインカーなどそのほかの電装品も一筋縄ではいかないようで、この辺りは電気の専門家のアドバイスが要りそうです。

そして、イグニッションONでいきなりスターターが回る事案が発生。本来は始動位置までもう一捻り必要ですが、一部接続を間違えていたもよう。

一瞬エンジン始動するかと思いましたが、まだガソリンタンクは空なので、ひとまず電装回路の接続をチェックします。いやしかし、スターターも回ったし、ワイパーモーターも動いたし、細かな調整は必要ですが、Caddyが目を覚ました気がして、いよいよエンジン始動までのカウントダウンに入りました。

“てんちょー“が貸してくれた携行缶から、満を持してガソリン注入。燃料パイプから漏らないことを祈りつつ、エンジン始動の儀に移ります。見守るスタッフは全員ドキドキMAXのはず。とりあえず、エアクリーナーはつけずに、キャブの吸い込み口に呼び水としてパーツクリーナーを吹く準備をします。

緊張の一瞬…イグニッションを捻ります。

長いクランキングの音。

長い…。

そんなに甘くないか……。

再挑戦。機械式ポンプがタンクからガソリンを引っ張ってきているはず。やがて、エンジンルームの燃料経路にガソリンが来ているのが見えました。この段階では、点火タイミングなどの調整前ということもあり、なかなか始動しません。キャブにパーツクリーナーを吹き込むと、一瞬、エンジンがかかるようなそぶり! 同時にキャブの調整が行われ、ついに!

「ブォォォォン」

とCaddyのエンジンが息を吹き返しました!!

リフトで少し持ち上げているので、ローに入っているミッションがフロントタイヤを回しています。1分くらいは動いていたでしょうか。やがてキャブから「ぱんっ! ぽんっ!」と吹き返しがあり、エンジンは止まりました。

この手でオーバーホールしたエンジンがかかった……動いたのです! しかし、キャブはオーバーホールが必要だろう、ということで“てんちょー“に預けることに。

40年モノのエンジン、確かに始動しました。
ダッシュボードがつくと、もう完全に”自動車”。
このシェル姿がいい。おそらく日本にはないと思われます。

なんというか、これまでの長い道のりの1つのゴールが目前に来たようです。本当に、本当に多くの人の愛とスキルでCaddyはここまで蘇りました。この後、細部の仕上げと調整を経て、2025 Automobile Council出展への旅立ちを迎えます。骨だけの状態から、よくぞここまで来たものです。


今回のエピソードはこの映像にまとまっています。

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