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伝説を醸成中!? 日産GT-R 1泊2日ドライブ記

加納亨介 日産GT-R 2023.07.06

見た目は同じなのに、まるで別人のよう

所用で千葉に行く機会があった。アシはあらかじめ決められていた。デビューは2007年というから、もう15年間も現行モデルであり続けている。その間エンジンをはじめとするメカニズムはほとんど変わっていない。車重も20kgほどしか増えていない。空冷時代のポルシェ911に比肩するほどの伝説を、今まさに醸成中といった趣の存在。日産のR35型GT-Rである。

R35型がかねてから持っていた世界に誇れる超高性能は、今も一向に色褪せていない。往時の開発者たちの情熱と、ゴーサインを出した経営陣の判断がかけがえのないものであったことは間違いない。先般発表された2024年モデルがICE(内燃機関車)としては最後のような雰囲気が流れているが、2022年モデルが出たときもそんな感じだったから、まだ分からない。先行きがこれだけ注目されるのは、人望ならぬ車望というべきだろう。

今回乗ったのはプレミアムエディションT-spec。ミレニアムジェイドの外装と専用内装を持つ2022年モデルだ。15年前と変わらず、ナビやエアコンの操作盤にはちゃんとダイヤルやスイッチが生き残っている(褒めている)。撮影協力:atelier-SiFo

R35型にはかつて一度だけ乗ったことがある。印象は良いものではなかった。2009年か10年だったか、友人と共同でレンタカーを借りた。最初期型だったと思う。一般道でのアクセル全開など憚られるほどの速さと、どんな強引なハンドル捌きもあっさりと受け入れるコーナリング性能には感服したが、しかし雑多な音がした。エンジンは野生的で不調和な咆哮を放ち、ありとあらゆるムービングパーツが各自の仕事を勝手気ままにしているように私には聞こえた。トランスミッションは小さくないギアノイズと直裁な変速音が気に入らなかった。一番よく覚えているのはロードノイズだ。ロードノイズといえば一般的にはザーとかゴーとかタイヤの転がる音だが、初期型GT-Rはそれが結構うるさく、加えて砂埃がインナーフェンダーにパチパチと当たる音がよく聞こえた。市販車ベースのN1レースカーでコースアウトしてグラベルに飛び込み、コースの端をしょんぼり走ってピットまで帰ってくる時のあの音だ。気分の良いものではない。

あのガサツな学生が……

「レーシングマシーンを一般道で」という切り口のマーケティングを時折見かけるが、残念ながら私にそういう趣味はなく、高価な価格(といってもデビュー時は777万円に過ぎなかったが)に見合う自動車とは思えなかった。むろんレンタカーの個体でのことなのでコンディションの問題はあるにしても、運転して嬉しい気分には微塵もならなかった。能力は高いが人当たりの悪い、ガサツな学生という感じ。苦手なタイプだ。というわけで今回の千葉行きも、心が弾んでいたわけではない。

パルクフェルメ・オフィス最寄りのJR田町駅から出発し、東京湾アクアラインで房総半島へ。2022年モデルは、走り出しから初期型とはだいぶ違っていた。エンジンもトランスミッションもスムーズで、初期型では(少なくとも私には)感じられなかった高精度な機械だけが持つ“いいもの感”があった。

アクセルもブレーキもステアリングも遊びが少なくリニアで心地よい。太いタイヤによる突き上げ感こそあるものの、盤石なボディと沈み込む感触が心地良いシートクッションが和らげてくれる。轍に影響されるワンダリングもないわけではないが、操作系がリニアで正確なのでさほどの痛痒を感じることもない。獰猛な加速性能と、切れば切っただけ曲がるコーナリング性能の高さは言うまでもない。かつてのN1レーシングカーもどきは、いつの間にか上質なグランドツーリングカー的側面を併せ持つようになっていた。

もっとも、今回は2+2とされる居住空間に男3人の乗車だった。3人ともどちらかと言えばちびな部類だが、カタログ写真で感じられるほど後席は広くなく、頭がリアウインドウに当たらないように首をすぼめ続けていなければならない。そんな状況だからさほど飛ばしていない。アクセル半分ほどでも十分獰猛な加速で、しかもセンターコンソールに鎮座するモニターを確認したらそれは半分ですらなく、30数%だったりした。これほどの高性能は、一般道では発揮しどころなどないはずだが、それでいい。有り余るパワーは“いいもの感”のその先で準備万端整えてくれているだけで良い。

GT-Rはこの15年、機構的な意味でのメカニズムはほぼ変わっていない。バルブの材質やタービンハウジングのコーティング、サスペンションのアライメントや吸排気の小変更、それらに伴うコンピュータープログラムの変更くらいのものだろう。しかしそうは思えないほど、乗り味は洗練されていた。あのガサツな学生は、15年経ってスマートで仕事のできる大人になっていた。持って生まれた高い能力はそのままに、それをひけらかさない淑やかさと人当たりの良さを身につけたのだった。

初期型に比べ価格はざっと4割ほど上がったが、しかしデキる大人への対価としては妥当なものだろう。これでもまだ、世界を見渡せばうんと安い。近頃話題のIT人材の給料みたいだ。頑張れニッポン。

車両本体価格は消費税込みで1590万4900円。これに特別塗装色であるミレニアムジェイドやカーテンエアバッグ、リアプライバシーガラス、ドラレコ、カーペットなどで50万2869円のオプション代が加わる。

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