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爆誕 イタリア式・蚊取り線香ソムリエ:大矢麻里&アキオ ロレンツォの 毎日がファンタスティカ! イタリアの街角から #20

大矢 アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA / 在イタリア・ジャーナリスト 2024.10.09

ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。

photo 大矢麻里Mari OYA /Akio Lorenzo OYA

豚の代わりにテラコッタ

2024年夏、ふと恋しくなったものがあった。日本の蚊取り線香だ。といっても、いきなりではない。中国のモーターショーで撮影した写真を整理していたとき、洗面所で蚊取り線香が焚かれていたのを、ふと思い出したのがきっかけだった。近代的なメッセ会場とのコントラストが妙に印象的だった。それをきっかけに、蚊取り線香の香りが懐かしくなったのである。そこで、従来電子蚊取り器を使用してきた我が家だが、蚊取り線香を物色することにした。

イタリアにも、日本発祥の渦巻き型蚊取り線香は存在する。Spirale Antizanzareという。直訳すれば「蚊除け渦巻き」である。ホームセンターには外資系一流日用品メーカーのものからさほど知名度が高くない国内ブランドまで揃っていて、10枚入りの箱が1〜2ユーロ前後(約160〜320円)で販売されている。

イタリアで販売されている渦巻き型蚊取り線香の一例。

主流は日本同様、除虫菊の有効成分を練り込んだ緑色のものだ。それとは別に、イタリアにおいて他の防虫剤でも定番のレモングラス、ゼラニウム、ラヴェンダーの香りもある。せっかくだから3種類ほど買ってみることにした。

左からレモングラス、ラヴェンター、そしてゼラニウムが配合されたもの。
このような立体型も。ロシア・アヴァンギャルドの旗手タトリンによる「第三インターナショナルの塔」を思い出させる。

金属プレート製の線香立てが付属しているのも日本の渦巻き型蚊取り線香と同じである。

ただし、灰の飛散や後片付けを考えると器、すなわち蚊遣り器(かやりき)が欲しい。日本の丸い豚型は筆者が知る限りイタリアで見たことはない。代わりにイタリアで昔から売られているのはテラコッタ製だ。今回手に入れた品の価格は5.99ユーロ(約950円)だった。

テラコッタ製の蚊遣り器。線香10枚も入っていて、5.99ユーロ(約950円)。Vulcano(火山)というブランド名も頼もしい。

我が家に帰り、「何を大げさな」と嫌がる女房を呼んで、イタリア生活初の蚊取り線香点火式を挙行した。3種類とも香りに、たいして違いはない。さらに緑色の標準タイプも日本の蚊取り線香の香りとどこかが違う。中国ショーの洗面所のもののほうが、より日本のものに近かった。効き目も室内ではある程度認められるが、涼しい日に仕事場がわりにしているバルコニーなど屋外では限定的だ。

テラコッタ製蚊遣り器。左は、イタリアで同様に蚊避けとして伝統的なレモングラスのキャンドル。火力が強くて屋内用でないのが難点。

テラコッタ製蚊遣り器は、視覚的にレンガの床と馴染んで心地よい。さすがイタリア家庭のトラッドである。ところが、日がたつうち、さまざまな難点が露呈した。まず重いので移動が面倒になる。蹴飛ばしたり、蓋を落として割ったりしないか常に気を遣う。蓋の裏は、気がつけばヤニで真っ黒になってしまった。線香立て部分も本体と一体成型、つまりテラコッタ製ゆえ、蚊取り線香を力づくではめようとすると、ぽきんと折れてしまう。さらには線香の先端部分が燃え進んで平衡を保てなくなり、テラコッタ部分に接触すると消えてしまう。

蓋の裏はヤニで真っ黒になってしまった。

カトリーヌ登場

もやもやした気持ちで使うこと約2ヶ月。やがて発見したのがスチール製の蚊遣り器であった。鉄板の中央に付いたフックに、渦巻き型線香を縦に引っ掛けて使う。アナログレコードの末期である1980年代、LPを縦にセットして回転させるリニアトラッキング・プレーヤーというのがあったが、いわばその蚊遣り器バージョンである。軽いので持ち運びが容易だし、ヤニがたまらない。テラコッタ製がトラッドだとすると、こちらはモダンだ。価格も日本円にして600円前後と安い。

筆者が購入したスチール製蚊遣り器。犬のシルエットである。

このスチール製蚊遣り器、実は店頭にはさまざまな形状が並んでいた。筆者が買ってきたのは犬のシルエットをしているので、いつのまにか我が家では蚊取り+犬で「カトリーヌ」と呼ぶようになった。燃え終わった灰がポトポトと、フンのごとく垂直に受け皿に落ちるのも犬型ならではの楽しさである。

スチール製には、このように壁に引っ掛けるタイプも存在する。灰の受け皿がないので屋外向きだ。

そうした折、自分のクルマのヘッドライト電球切れとウィンドウウォッシャーのモーター故障が立て続けに発生した。前者はもちろん、後者もDIYで済ませることにしたのだが、我が家の地下駐車場は薄暗い。かといって、炎天下での作業は避けたい。そこで市民公園の木陰で作業することにした。ところが案の定、蚊に刺されまくった。ああ、カトリーヌを連れてきて、外に置いておけばよかった。

メイド型。(photo : ARTI & MESTIERI)

イタリアで蚊取り線香を使い始めて早3カ月。さまざまなメーカーのものを使ってみると、やはり高くてもそれなりのブランドのほうが、途中で消えにくかったり、燃焼時間が長かったりといった長所があるのがわかってきた。同時に、火をつけるための多目的ライターも、ブランドによって、点火ボタンが大きくて押しやすいなど、ユーザーフレンドリーであるものとそうでないものが判明した。気がつけばイタリア式蚊取り線香ソムリエになってしまっていた。

BIC製多目的ライターの1モデル。デザインが個性的なうえ、火力が充分で安定している。

ちなみに蚊取り線香の箱にデフォルトで入っているスチール製線香立ては、前述のように蚊遣り器が入っているので使っていない。ただしある日、たまってしまったそれらを裏返してみると、1枚ずつ柄が違っていた。何らかの金属プレートを再利用しているのだ。ちょっとした資源保護である。それに気づいて以来、筆者は永谷園の商品に入っている名画カードのごとく、どのような柄が入っているのか毎回楽しみにするようになって今日に至っている。

あるメーカーの商品に入っていた線香立て。何かの金属プレートを再利用したもののようで、毎回柄が異なる。

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